波紋のやうに ゆらゆらと広がりゆく水面の波紋は その姿を失はず無限遠まで広がねばならぬ。 それなくしては、俺が俺である事が根底から覆されてしまふのだ。 何故なら、波紋が消滅してしまったならば、 それはものの消滅を、宇宙の消滅を意味し、 そんな状況下で俺なんぞが存在出来る訳がないぢゃないか。 波紋は消滅するから美しいと異を唱へるものは、 未だに存在に関して楽観的過ぎるのだ。 弱弱しく見える波紋こそ、 永続して此の世の涯まで消える事なく 波を存続させねば、 水よりも羸弱(るいじゃく)な俺なんぞの存在など此の世に問ふ尊大は許されぬのだ。 ゆらゆらとゆっくりと広がってゆく波紋よ。 お前こそが存在を存在として此の世に表象するその根本なのだ。 例へば何ものも透過してしまふ素粒子は独り孤独で、 つまり、何ものにもぶつかる機会がなく、 とことん孤独なのだ。 それ故に、素粒子は絶えざる自己との対話の中に身を置いて、 あるものは一瞬で此の世からその姿を消し、 あるものは永劫に亙って、否、無限に向かって飛翔するのだ。 素粒子もまた、波として此の世に広がる。 それなればこそ、水面上の波紋は未来永劫消えてはならぬ。 それが俺が俺として此の世に存在出来る根拠となり、 波紋は偏に存在に付髄する属性になり得るのだ。Read More波紋のやうに

