浮沈 例へば意識といふものを氷山の如きものとして喩へるのは、 完全に間違ってゐるに違ひない。 氷山の水面の上に出てゐる二割ほどのものが意識で、 水面下にある八割ほどのものが無意識といふ喩へは、 完全には破綻してゐる。 何故って、意識に意識も無意識もなく、意識は全てが意識が覚醒してゐる状態であって 無意識と呼ぶものは、逃げ口上に過ぎぬ。 無意識と呼ばれるものは、唯、 意識がその存在を見逃してゐるだけの事に過ぎず、 脳内では、若しくは五蘊場では脳細胞は彼方此方で発火現象をしてをり、 それはひょんなことから意識がその存在に気付くといふのは時間の問題に帰結する。 五蘊場は多世界解釈論の主戦場だ。 あったかも知れない世界が浮沈するその五蘊場は、 全てが現実とは一致せず、絶えず現実とのGap(ギャップ)を埋めることに忙しくて、 五蘊場に多世界が花開いてゐる事に気付かぬだけなのだ。 これは可能なる世界のことと全く意を異にするもので、 確かに存在する世界なのだ。 ――血迷ったか! と、何処ぞの誰かが半畳を入れる声が聞こえるが、 確かに五蘊場には多世界が存在するのだ。 唯、それは絶えず浮沈してゐて、波間にその存在が見え隠れしてゐるのみなのである。 それらに気付かぬ己は、全てを無意識におっ被せて多世界を見通せない己に対してRead More浮沈

