深い陥穽に墜ちたとは それは何の前触れもなくやってきた。 それは黒子(ほくろ)と呼ぶのが相応しいのかもしれぬが、 この軀体に現はれた真っ黒な点は、その底が余りに深かったのだ。 その皮膚上に現はれた黒点は太陽の黒点にも似て、 ともに強力な磁場を発して空間を歪め、 さうして、俺を揺すぶりながら、 俺の気配を吸ひ込み、 その黒子に墜ちた俺は 尚も俺を探しながら、 「へっへっ」と嗤ひながらまだ、落ち着いてゐたのは余りに楽観的だったのだ。 その黒子が仮に癌であったならば、慌てふためく筈の俺は、 それを承知の上で上っ面では癌であって欲しいと望んでゐて、 しかし、実際にその現実を突き付けられた途端、 魂魄が動揺し、顫動するのは解り切ってゐた。 とはいへ、俺は何を思ったのか、煙草を銜へて紫煙を呑み込み、 その紫煙の中に消えゆく視界に溺れて、 さうして誤魔化した先には醜悪極まりない現実ばかりが横たはり それに絞め殺される思ひをしながら、 絶命する事ばかりが宿命と呼びかけて魂の動揺を抑へるのだ。 何を以てして俺と言へるのかと、 永く悩ませてゐた懊悩を この際その縺れた俺と言ふものを解きほぐしながら、 尚も俺は存在すると胸奥で叫ぶのだ。 Read More深い陥穽に墜ちたとは

