神影 果たせる哉、例へば闇夜が神の影とするならば、 それは成程、∞を呑み込む様相といっていいのかもしれぬ。 何故に神に∞が纏はるのかは、人間の知が∞を前にすると、 屈服するしかなく、 それでも人間は∞に立ち向かふのであるが、 馬鹿らしい、 人間の知の限界がまた∞を前にすると俄かに露はになるのだ。 ∞を表象しようとじたばたした人間の五蘊場には 既に知恵熱で破綻しさうな堂堂巡りに没入し、 そのあっぷあっぷしてゐる中で、 人間が仮に∞の尻尾に捕まる事が出来たなら、 それは儲けものに違ひない。 その闇夜を例へば神影と名付けるならば、 神影は絶えず人間の傍に潜伏してゐて、 気付かぬのは人間のみなのだ。 例へば夜行性の動物はそれだけ神に近しいものに違ひなく 闇の中で、つまり、神影の中で自在に動けるそれらのものは 多分、人間以上に神を知ってゐる筈なのだ。 獣が毛に蔽はれてゐるのは、 毛が神に近づく姿の基本で、 体毛を極極僅かにしか軀に留めぬ人間が 此の世で一番神から遠い存在なのは間違ひない。 それ故に人間は宗教に毒され、また、狂信的にそれを信じなければ、 一時も安寧を得られぬやうに創られてしまってゐるのだ。Read More神影

