虚妄の迷宮 あれがこれになり、 これがあれに瞬時に変はる奇っ怪な世界の中、 ぐるりと巡る曲線のやうな直線に極北を見、 様様な不可視な力が作用する其処は、 等速平行運動に加速度があるやうな 物理学が成り立たぬその世界の中で、 俺は奇妙にひん曲がった俺の顔を意識する。 何もかもが歪んでゐながらも何処も歪んでゐない不合理に、 初めは面食らった俺ではあったが、 常在地獄とはこのやうな様相を呈してゐるのかもしれぬと にんまりとそのひん曲がった顔で嗤ひながら 独り俺の嗤ひ声のみがその奇っ怪な世界で響き渡る。 しかし、俺の嗤ひ声には既に聞き飽きてゐた俺は、 直ぐにシベリウスの交響曲のやうな壮麗な音楽が 世界の背後で響き渡ってゐるのを知った。 その壮麗な音楽は、 それ以前も絶えず此の世界で響き渡ってゐたものとみられ、 それまで全く気付かなかった俺の聴覚は多分、既に難聴なのだと思ふ。 然し乍ら、難聴ゆゑに聴こえてしまふのは、この世界のなせる業なのだらう。 重厚な弦楽器の調べ、北欧的な抒情を湛へながらも抒情に流されぬ力強さ、 それらが渾然一体となって重低音に体が震へるこの調べは、 正しくシベリウス的な交響曲といへるが、 それをぶち壊す不協和音が並行して奏でられてゐるのは 交響曲然とした音楽は此処では音楽ではないのであらう。 Read More虚妄の迷宮

