逃げ水 其(そ)はまやかしか。 俺は確かに存在の何たるかを摑んだ筈なのだが、 ぎんぎんに輝く灼熱の太陽光がほぼ垂直から刺すように降り注ぐ中、 陽炎は此の世を歪曲し、世界を何か別のものへと変へてしまってゐる。 その中で、確かに俺は存在の何たるかを摑んだ筈なのだが、 それは邯鄲の夢の如く夢現の眷属でしかなかったのか。 ぐにゃりと曲がった林立する高層Buildingの中に 確かに其はあった筈なのだが、 それは逃げ水の如く吾が掌から逃げてしまってゐた。 そもそも存在といふものは気まぐれで、 その正体を絶えず隠しながら、 存在は、存在を追ふものに対して あかんべえをするものなのだ。 そんなことは既に知ってゐた筈だが、 俺としたことが、 存在がするあかんべえにまんまと騙されちまった。 無精髭を伸ばしたそいつは、 鏡面まで追ひ込んだのだが、 変はり身の早いそいつは、 覆面を剥ぐやうに存在の素顔を剥ぎ取り、俺の面を被りやがった。 当然鏡面に映るのは俺の顔なのだが、 その顔の生気のないことといったら最早嗤ふしかなかった。 Read More逃げ水

