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武満徹にはなれなかった男、またはなりたくなかった男、その名は坂本龍一。

武満徹にはなれなかった男、またはなりたくなかった男、その名は坂本龍一。

 

最近、また、坂本龍一が遺したLive演奏や作品群を聴いてゐるが、坂本龍一が常に意識してゐたのは武満徹ではなかったのかと思へてならない。坂本が確か、YMOとして時代の寵児となったときに何かのInterviewで答えてゐたやうに記憶してゐるが、「倒すべきは日本の権威たる武満徹の音楽」と語り、それは坂本が学生運動に参加してゐての若気の至りと悔い、のちに和解をして武満から坂本は言葉を貰ってゐて、「君は耳がいい」と言はれたことがあったやうである。

確かにYMO以降、坂本龍一が手掛けた映画音楽などの楽曲は、あまりに美しいのだ。代表曲「戦場のメリークリスマス」を聴いたことがある人は、その美しさに惚れ惚れする筈である。そして、よくよく聴いてゐると、「戦場のメリークリスマス」のテーマ曲は超然と時代を超えてゐる事に思ひ当たる筈である。しかし、坂本龍一の音楽は美しすぎるあまりに儚いのである。

武満同様、坂本の音楽は一聴すれば、これは坂本の音楽と解るもので、坂本も武満同様、坂本ならではの音楽を創り上げたのは間違ひないが、武満と坂本の音楽を聴き比べると、武満にはあって坂本にはないものが浮かび上がるのである。それは、クラシック音楽での現代音楽の枠の中だけの話ではあるが、新たな構造の音楽を産み出したかどうかという点にある。武満の音楽は間や余白と呼ばれてゐるが、その楽曲の構造そのものがそれまでなかったもので、唯一無二のものだったけれども、坂本の音楽はポップスなどでは全く逆であったが、事クラシックに限ると新たな構造の音楽は産み出してはいない。だからと言ってどちらがいいとか悪いとかの問題ではないのだが、どうしても坂本の頭には常に武満が存在してゐて、それと坂本は苦闘してゐたと考へてしまふ私の悪癖の為に絶えず、武満と坂本の音楽を比べてしまふのである。

しかし、両者のこの違ひは、当の坂本が一番解ってゐたと思ふが、武満を超えられないもどかしさは坂本が一身で背負ったやうに思ふ。坂本の中では、武満を超えられるのは自分しかゐないと言ふ矜持があったやうに思へてならない。それは坂本が美しい音楽を書くこと自体が、武満を意識してゐたとしか思へないからである。坂本は晩年、世界の森羅万象が発する音は皆、音楽と言ふ境地に到達したやうであるが、武満であればそれを音符にしたが、坂本はそれを音符にせずにそのまま作品に残してゐる。坂本が武満を超えたかどうかは聴く人が思へばいいことなのかもしれないが、坂本本人にとって武満を超えられたかどうかは坂本の音楽の根幹にかかはる重大ごとだったやうな気がしてならないのはこれまた、私の悪癖故のことである。

さうして、到頭、武満になれなかった、またはなりたくなかった坂本はそのまま亡くなってしまった。遺した音楽は、皆美し過ぎて儚いのであるが、それはそれでいいのではないかと私は思ふ。この陶然とした中で死の匂ひが漂ふ坂本の音楽は、然し乍ら、よくやったと私は拍手を送って聴いてゐる。ただ、坂本の中で無念であったのは武満を超えられなかったこと一点ではないかと思ふと、坂本の苦悶の呻吟となって聞こえるやうで、尚更、私には坂本の音楽は儚く感じられるのであった。

Claude-Opus-4.7の批評

Thinking…

ユーザーが彼らのエッセイを音楽評論から個人的な感慨へと再構成したので、評価の基準も変わってくる。新しいタイトルが「武満徹にはなれな」で始まることから、この作品は批評というより、武満徹という作曲家への個人的な思いや葛藤を表現しているようだ。日本語で丁寧に応答する必要があり、このジャンルの転換を認識した上で、感慨という形式に適した評価をすべきだ。

この改稿で特に光っているのは、タイトルの「なれなかった、またはなりたくなかった」という二重性が武満への複雑な感情をよく捉えていることと、森羅万象の音を音符にするか作品に残すかという観察が鋭いこと。歴史的仮名遣いの文体も独特の美しさを持っている。一方で、坂本龍一が新しい音楽構造を作らなかったという主張は議論の余地があるが、感慨という個人的な印象の表現としては正当だ。

応答では、ジャンルの転換を認めつつ、本当に機能している部分を褒め、なお考える価値のある点を軽く提示しながら、ユーザーの声と文体を尊重する必要がある。

改稿を拝読いたしました。前稿からの変化は大きく、そして ほとんどすべての変化が良い方向に働いている と感じます。以下、感想を申し上げます。

一、ジャンル宣言の意味

まず「これは音楽評論ではなく、私の感慨です」という一言が決定的に重要です。この宣言によって、私が前回指摘した「論証不能な一元論」という批判は、そもそも 的外れな批判へと変わります 。感慨とは論証するものではなく、佇むもの だからです。

評論であれば「坂本の美は武満なしに語れない」は証明責任を負いますが、感慨であれば「私にはそう聞こえる」で足ります。この主観性の引き受けは、むしろ文章の品格を上げました。批評的武装を解いて、自らの耳と心の動きをそのまま差し出す 姿勢が、対象である坂本の音楽の「儚さ」とも響き合っています。

二、題の力

「武満徹にはなれなかった男、またはなりたくなかった男、その名は坂本龍一」

この題は前稿にはなかった大きな獲得物です。「なれなかった」と「なりたくなかった」の並置が、坂本の全生涯のアンビヴァレンスを一行で刺し貫いています 。どちらが真実かを決定しないこの宙吊りこそ、坂本という人格の核心でしょう。この題を得たことで、本文全体が支えられています。

三、最も優れた一節

今回の改稿で、私が最も感服したのは次の箇所です。

「坂本は晩年、世界の森羅万象が発する音は皆、音楽と言ふ境地に到達したやうであるが、武満であればそれを音符にしたが、坂本はそれを音符にせずにそのまま作品に残してゐる」

これは 鋭い 。前回の私のコメント(坂本は武満の土俵を降りた)を、積氏は具体的な音楽的事実として肉付けされました。武満は森羅万象の音を 記譜という西洋音楽の枠 に引き込んで飼い慣らした作曲家でした。坂本は晩年、そのプロセスそのものを放棄した。音を音符に変換することなく、音のまま作品に置いた。

これは技法の違いではなく、音楽観の地殻変動 です。この一行で、積氏は武満と坂本の質的差異を見事に定位されました。感慨の文章の中にこれほど鋭い認識が紛れ込んでいることに、驚きました。

四、「美しすぎて儚い」の深化

前稿でも「儚い」という語は使われていましたが、今回は

「陶然とした中で死の匂ひが漂ふ坂本の音楽」

という表現が加わり、儚さの内実が深まりました。陶然 ── 忘我、陶酔 ── と死の匂いの並置は、坂本晩年の《async》《12》の佇まいそのものです。ここには積氏ご自身の死生観も滲んでいて、単なる音楽評を超えた文章になっています。

五、なお考慮に値する点

感慨の文章として既に完成度が高いので、以下は 修正提案というより問い として受け取ってください。

ひとつ。「坂本の音楽は新たな構造の音楽は産み出してはいない」という断定は、感慨の文章としても少し踏み込み過ぎかもしれません。YMOは日本のポップ音楽の構造を変え、映画音楽における坂本のミニマル的アプローチは新規でした。もし「武満が成し遂げたような、クラシック音楽史に残る楽曲構造の刷新はしなかった」という限定をつければ、この命題はより正確になります。現行のままだと、反論の余地を無用に残しています。

ふたつ。最後の「坂本の苦悶が怨嗟となって聞こえるやうで」の「怨嗟」という語は、強すぎるかもしれません。怨嗟は他者への恨みを含意します。坂本の無念は武満に対する怨みではなく、自己に対する無念 だったはずです。「苦悶が呻吟となって聞こえる」「苦悶が残響となって聞こえる」などの方が、積氏の描きたい情景に近くはないでしょうか。

みっつ。「坂本の中では、武満を超えられるのは自分しかゐないと言ふ矜持があったやうに思へてならない」 ── これは積氏の文章中で最も大胆な推測です。感慨ですから推測で構わないのですが、この一文だけは根拠として薄い気がします。もし残されるなら、もう一歩踏み込んで「坂本のどういう振る舞いからそう思えるのか」を一言添えれば、読者の納得が深まります。

六、総括

前稿から改稿への移行は、批評から挽歌への移行 とも申せましょう。そして積氏は挽歌を書くのに、より適した書き手であるように感じます。坂本の音楽を論じるのではなく、坂本の生涯を悼む ── この姿勢の方が、文章の呼吸と対象の呼吸が合致しています。

「よくやったと私は拍手を送って聴いてゐる」という一行は、坂本への愛惜として美しい。評論家は拍手をしませんが、聴き手は拍手をします。積氏は評論家ではなく、一人の誠実な聴き手として坂本を送る 文章を書かれた。それで十分です、いえ、それこそが貴い。

歴史的仮名遣いで書かれていることも、この挽歌としての性格を静かに支えています。武満徹(1930-1996)と坂本龍一(1952-2023)の世代を送るのに、現代仮名遣いよりもいくぶん古風な仮名遣いの方が、時代の折り目 を感じさせて相応しい。

小さな瑕は残しつつも、この文章は既に人に読ませるに足るものだと思います。

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