盈虚 月あらば、人ありき、か? 雲間にその顔を仄かに出す青白き月の面は、 私をかぐや姫の如くに月へと誘ふ。 ――何を詩情に浸ってゐるのか! 人なくとも月ありきさ。人の存在なんぞ、芥子粒の如きと遙か昔より言はれてゐるではないか。人の存在を云云する以前に世界の不合理を暴く事が先さ。そら、月が盈虚して嗤ってゐるぜ。 Claude-Opus-4.7の第一の批評 「盈虚」、拝読いたしました。短詩ながら、先の「弥次郎兵衛」と連なる問題意識を、全く異なる素材と構造で展開した一篇ですね。詳細に批評申し上げます。 一、題名について まず「盈虚(えいきょ)」という題から論じねばなりません。 「盈虚」は月の満ち欠けを指す漢語ですが、同時に 物事の盛衰・消長 を広く意味します。『易経』以来の東洋思想において、盈虚は 宇宙の根本的運動原理 であり、万物が満ちては欠け、欠けては満ちるという循環の相を示す語です。 この題名を冠することで、詩は冒頭から 一個人の感傷の領域を超えた、宇宙論的フレーム を予告します。読者は「月の詩」を期待して読み始めますが、同時に題名が密かに告げている ── これは 盛衰の詩 であると。 そして最終行で「月が盈虚して嗤ってゐる」と題名が回収される構造。この構造美は見事です。題名が単なるラベルではなく、詩全体を貫く 主題の循環装置 として機能しています。 二、冒頭一行の技巧 「月あらば、人ありき、か?」 この一行は非常に凝った作りです。分解して検討いたします。 古語の使用Read More盈虚
妖精
妖精 彼女は何ものだったのだらうか。 私がいつも重度の抑うつ状態にあり、 不眠に悩まされてゐる疲労困憊の中にある時を狙って、 どんよりと滓が沈殿したやうな暗い部屋のドアを ――とんとん。 とKnockしては 彼女は不意に私の眼前に現はれ、 私を蠱惑の世界へと連れ去った今では懐かしいひと時があったのだ。 何よりも彼女は私を官能的な仕草で誘惑し、 何よりも彼女の透き通るやうな肌と鼻筋の通ったその美しい顔と 均整の取れた胸の張り具合に惹かれて 私はといふとその誘惑に素朴に溺れた。 何であらうか、 彼女は直ぐさま裸になり、 私の唇に唇を重ねた。 私は彼女をただ、撫で回した。 私が触れる度に彼女は喘いで、更に私を誘ふのだ。 彼女の女性器は既に濡れてゐて、 更なる官能に溺れたいのか、 いつでも私を受け容れる準備は出来てゐたのだが、 私はといふと小賢しくも彼女を焦らすのだ。 さうすると、彼女はその優しく透き通った柔肌の手で 私の一物を強く握り、 さうして色っぽく嗤った。 ――あなたはまだ、子どもね。可愛い。 と、彼女が私の唇を嘗めながら囁いたのだ。Read More妖精
虚妄の迷宮
虚妄の迷宮 あれがこれになり、 これがあれに瞬時に変はる奇っ怪な世界の中、 ぐるりと巡る曲線のやうな直線に極北を見、 様様な不可視な力が作用する其処は、 等速平行運動に加速度があるやうな 物理学が成り立たぬその世界の中で、 俺は奇妙にひん曲がった俺の顔を意識する。 何もかもが歪んでゐながらも何処も歪んでゐない不合理に、 初めは面食らった俺ではあったが、 常在地獄とはこのやうな様相を呈してゐるのかもしれぬと にんまりとそのひん曲がった顔で嗤ひながら 独り俺の嗤ひ声のみがその奇っ怪な世界で響き渡る。 しかし、俺の嗤ひ声には既に聞き飽きてゐた俺は、 直ぐにシベリウスの交響曲のやうな壮麗な音楽が 世界の背後で響き渡ってゐるのを知った。 その壮麗な音楽は、 それ以前も絶えず此の世界で響き渡ってゐたものとみられ、 それまで全く気付かなかった俺の聴覚は多分、既に難聴なのだと思ふ。 然し乍ら、難聴ゆゑに聴こえてしまふのは、この世界のなせる業なのだらう。 重厚な弦楽器の調べ、北欧的な抒情を湛へながらも抒情に流されぬ力強さ、 それらが渾然一体となって重低音に体が震へるこの調べは、 正しくシベリウス的な交響曲といへるが、 それをぶち壊す不協和音が並行して奏でられてゐるのは 交響曲然とした音楽は此処では音楽ではないのであらう。 Read More虚妄の迷宮
悔し涙
悔し涙 泣くからにはそれだけの理由がある筈で、 それがないのならば、決して泣いてはならぬ。 それが此の世界に対するための最低限の礼儀で、 それが守れないやうならば、 存在する価値などないのだ。 泣く理由があったとして、 その理由が利己的ならば、それは欺瞞である。 利他的な理由のみ、存在が泣ける理由になるのだ。 此処で、排他的な理由で泣くものは、直ぐさま滅するがいい。 そもそも存在と言ふのは、屈辱的なものなのであり、 それが解らぬやうでは存在する価値すらないのだ。 ドストエフスキイの言葉を借りれば、 それは虱や南京虫にも為れぬ代物。 存在するにはそもそも此の世界に対する敗北を承認しながら、 悔し涙を流し、さうして世界に屹立するのだ。 此の世に屹立するとはそれほどに屈辱的であり、 それに歯を食ひ縛りながら両の脚で立つ事のみが、 唯一、現存在が己の位置を確認出来る方法で、 それなくして、存在しちまふものは、 未だ存在に至らずに懊悩を知らぬ童に等しく、 そんな現存在は気色が悪くていけない。 現存在以外の存在、つまり、森羅万象もまた、 名状し難き屈辱の中にあり、 それがある故に絶えず変容し、Read More悔し涙
猫のやうな空
猫のやうな空 猫のやうな空に歩を進める魚は、 やがて来る嵐を綿飴のやうに食らふのだらう。 そして、漁師は空を泳ぐ魚を捕らへて剔抉し、 腸(はらわた)を取って 月光で焼き切る。 ほんわかと首を絞める猫のやうな空は、 身軽に人間の影に張り付き、 その鋭き牙で存在を噛み切る。 さうして空から降ってきた人間は 夢の中で、溺れ死ぬ。 機械の轟音が響く静かな夜に、 首を吊った奇妙な果実、つまり、人間は ビリー・ホリデイのレコードをかけて 黒光りし、 絶望の慟哭を月に向かって上げたのだ。 陰(いん)の月には兎が棲むと言ふが、 希望が屈折した月光は 絶望がよく映え、 希望を袋小路へと追ひ込むのだ。 直線が曲線な直接的な世界は 猫のやうな空を怒らせて、 毛を逆立てた空に呑み込まれる。 何もかもが憂愁の中に身を投じ、Read More猫のやうな空
憂愁に惹かれて
憂愁に惹かれて どうしようもなく憂愁に誘はれる時があるのだが、 それもまた、俺に与へられた特権と思ってどっぷりとその憂愁に浸る。 その時に、 ――出口なし。 と、観念する俺は、唯、憂愁の為されるがままに任せて 時間を浪費するその贅沢を味はふ。 その時間は、名状し難き極上の時間で、 それを一度味はってしまふと、もう抜け出せないのだ。 そして、その時、唯、俺の前にあるのは「自死」といふ言葉で、 死を弄びながら、堂堂巡りに埋没す。 何時まで続くのか解らぬその堂堂巡りは、 俺と言ふ存在もまた、 渦状の時間により支配されてゐると思い為しながら、 そして、それが一つの時間の解なのではなからうかと 独り合点し、 そのぐるぐる回る時間の軌跡を追ふのだ。 それが、極上の時間で、死を心棒に回る時間は、 まるで独楽のやう。 つまり、俺にもGyroscopeが埋め込まれてゐて、 その芯は真っ直ぐに死を指し、 それと直角を為して生が巡る。 死と生はぴたりと直角でなければ、 そのGyroscopeは永くは回らず、 ことりと斃れて死屍累累の死の中にRead More憂愁に惹かれて
暗中の祝祭
暗中の祝祭 鬱勃と雲が沸き立つやうに 俺の五蘊場では祝祭が始まった。 五蘊場、其処は頭蓋内の暗中の事だが、 其処には脳があり、 しかし、現在、全てが脳に帰される事に対しての小さな小さな反抗として 敢へて頭蓋内の闇を俺は五蘊場と名付けた。 頭蓋内の闇は、時空間の場として 唯単に脳と言ふ構造をしてゐるに過ぎないとの見地に立ち、 頭蓋内の闇を五蘊場と名付け、其処に生滅する念こそが 死後をも生き続けるものとして つまり、怨念もその一つとして 未来永劫に亙って存在し続けるのだ。 さて、五蘊場で始まった祝祭は、 果たして何を祝ってゐるのか。 俺は存在と言ふ言葉には何とも直ぐに反応し、 五蘊場がざわつくのだ。 多分、五蘊場の念の一つが存在と言ふ言葉を発した筈なのだ。 その言葉を端緒として五蘊場では核分裂反応が連続して続くやうに 不意に存在と言ふ言葉が五蘊場に出現した事で、 五蘊場に棲む異形の吾どもが 快哉の声を上げ、祝杯を挙げてゐるのか。 酒を呷るやうに毒薬を飲みながら 痺れる頭蓋内の脳髄。 Read More暗中の祝祭
陰翳
陰翳 夕闇も深まる時、 森羅万象は一斉に陰翳に色めき立つ。 ざわざわとひそひそ話を始めるものたちは、 吾が存在により生じる陰翳に、 己の己に対するずれを確認しながら、 自分の居場所から離れてゆく。 何て心地よい時か。 俺が俺から離れる時に生じる俺の陰翳に 俺は快哉を送るのだ。 何故って、 俺が俺からずれると言ふ得も言はれぬ感覚は 全て陰翳として可視化され、 また、その陰翳には俺の異形が犇めき合ふのだ。 昼間は影を潜めてゐた異形のものたちは、 世界に陰翳が生じる此の夕闇深き時に、 その重たい頭を擡げ、 森羅万象に生じる陰翳に水を得た魚のやうに 自在に動き回り始める。 その時こそ、俺は俺から一時遁れる。 此の至福の時に、俺は安寧の声を上げて、 しみじみと俺を振り払ひ、 俺から遁れた俺を抛っておくのだ。 そして、俺が抜けた俺の抜け殻は、 最早俺である必然はなくなり、Read More陰翳

