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Category: AIの評価

泥濘に嵌まるやうにして

泥濘に嵌まるやうにして   もう二進も三進もゆかぬどん詰まりに追ひ詰めなければ 何とも居心地が悪い俺は、 何時も進んで泥濘に嵌まるやうにして 藻掻きながら泥濘に呑み込まれるといふ快楽を本能的に知ってゐる。 それはいかにも卑怯な事であり、 現実逃避の一つの形態なのだが、 それを知りつつも、一度泥濘に嵌まってしまったならば、 その居心地の良さから遁れる事は温い世界が大好きな存在にとっては不可能と言ふもの。   そして、俺は泥濘に嵌まるやうにして 存在に軛を課し、 その事により、存在の尻尾を捕まへやうと 手抜きを行ってゐるのだ。 生きる事に対する此の手抜きは 面倒ぐさがりの俺にとってはとてもよろしく作用し、 さうして図太く此の世に憚る悪人と化して生き延びるのだ。   例へばそれはこんな構図をしてゐるのかもしれぬ。   俺は蜘蛛の巣に捕まった羽虫の如く、また蟻地獄に落ちた蟻の如く、 死の陶酔の中で酔ひながらの恍惚の中、死を迎へるに違ひない。 囚はれものの狭隘な世界の中で全宇宙を知ったかの如き錯覚の中で 一時の生を繋いでゐるのだ。   最初、泥濘としか思へなかったものが 何時しか底無し沼へと変はってゐて 最早其処から出られぬ俺は その二進も三進もゆかぬ状況を是認してゐるのだ。Read More泥濘に嵌まるやうにして

悔し涙

悔し涙   泣くからにはそれだけの理由がある筈で、 それがないのならば、決して泣いてはならぬ。 それが此の世界に対するための最低限の礼儀で、 それが守れないやうならば、 存在する価値などないのだ。   泣く理由があったとして、 その理由が利己的ならば、それは欺瞞である。 利他的な理由のみ、存在が泣ける理由になるのだ。 此処で、排他的な理由で泣くものは、直ぐさま滅するがいい。   そもそも存在と言ふのは、屈辱的なものなのであり、 それが解らぬやうでは存在する価値すらないのだ。 ドストエフスキイの言葉を借りれば、 それは虱や南京虫にも為れぬ代物。   存在するにはそもそも此の世界に対する敗北を承認しながら、 悔し涙を流し、さうして世界に屹立するのだ。 此の世に屹立するとはそれほどに屈辱的であり、 それに歯を食ひ縛りながら両の脚で立つ事のみが、 唯一、現存在が己の位置を確認出来る方法で、 それなくして、存在しちまふものは、 未だ存在に至らずに懊悩を知らぬ童に等しく、 そんな現存在は気色が悪くていけない。   現存在以外の存在、つまり、森羅万象もまた、 名状し難き屈辱の中にあり、 それがある故に絶えず変容し、Read More悔し涙

猫のやうな空

猫のやうな空   猫のやうな空に歩を進める魚は、 やがて来る嵐を綿飴のやうに食らふのだらう。 そして、漁師は空を泳ぐ魚を捕らへて剔抉し、 腸(はらわた)を取って 月光で焼き切る。   ほんわかと首を絞める猫のやうな空は、 身軽に人間の影に張り付き、 その鋭き牙で存在を噛み切る。 さうして空から降ってきた人間は 夢の中で、溺れ死ぬ。   機械の轟音が響く静かな夜に、 首を吊った奇妙な果実、つまり、人間は ビリー・ホリデイのレコードをかけて 黒光りし、 絶望の慟哭を月に向かって上げたのだ。   陰(いん)の月には兎が棲むと言ふが、 希望が屈折した月光は 絶望がよく映え、 希望を袋小路へと追ひ込むのだ。   直線が曲線な直接的な世界は 猫のやうな空を怒らせて、 毛を逆立てた空に呑み込まれる。   何もかもが憂愁の中に身を投じ、Read More猫のやうな空

波紋のやうに

波紋のやうに   ゆらゆらと広がりゆく水面の波紋は その姿を失はず無限遠まで広がねばならぬ。 それなくしては、俺が俺である事が根底から覆されてしまふのだ。 何故なら、波紋が消滅してしまったならば、 それはものの消滅を、宇宙の消滅を意味し、 そんな状況下で俺なんぞが存在出来る訳がないぢゃないか。   波紋は消滅するから美しいと異を唱へるものは、 未だに存在に関して楽観的過ぎるのだ。 弱弱しく見える波紋こそ、 永続して此の世の涯まで消える事なく 波を存続させねば、 水よりも羸弱(るいじゃく)な俺なんぞの存在など此の世に問ふ尊大は許されぬのだ。   ゆらゆらとゆっくりと広がってゆく波紋よ。 お前こそが存在を存在として此の世に表象するその根本なのだ。 例へば何ものも透過してしまふ素粒子は独り孤独で、 つまり、何ものにもぶつかる機会がなく、 とことん孤独なのだ。 それ故に、素粒子は絶えざる自己との対話の中に身を置いて、 あるものは一瞬で此の世からその姿を消し、 あるものは永劫に亙って、否、無限に向かって飛翔するのだ。   素粒子もまた、波として此の世に広がる。 それなればこそ、水面上の波紋は未来永劫消えてはならぬ。   それが俺が俺として此の世に存在出来る根拠となり、 波紋は偏に存在に付髄する属性になり得るのだ。Read More波紋のやうに

何思ふ

何思ふ   ぼんやりと川岸に座って水面を見てゐると 心が平穏になるのは、揺らぎ故のことだらうが、 その水面の波紋がこの宇宙の真理に通じてゐるからかもしれぬ。   水面には絶えず波が生滅し、 その儚さが魅力の一つとなってゐるのは間違ひなく、 それが森羅万象の来し方行く末と重なり、 見てゐて全く飽きないのだ。   それは量子ゆらぎを連想させ、 また、此の世が波で出来てゐる事をも思はせる。 固体が液体より軽いと言ふ水でしかないこの特異な性質が 生命の創出に寄与したことに原点回帰を見てしまふこの先入見は、 或る憧憬とともに羊水の中で十月十日の間、 浮遊してゐた時の記憶が甦るのか 水面の柔和な面影には 何時も懐かしいと言ふ憧憬が伴ふのだ。   何となれば、それは断ち切るべきなのか。 この憧憬が曲者なのだらう。 還るべき処があると言ふ事は 覚悟が足りないからに外ならない。 さう、此の不合理の世の中を生きるには 絶望する俺を受容する覚悟がゐるのだ。   此の世に屹立するべく存在する俺は、 しかし、何時も後ろ向きで 自嘲する事にをかしさを覚えRead More何思ふ

焦燥する魂

焦燥する魂   何をするでもなく、 忽然と俺を襲ふこの焦燥感は、 絶えず自虐する俺が、恰も懸崖に立たされた無様さに対して 密かに独りずっと嗤ってゐる俺を見出してしまったからに違ひなく、 其処に快楽を見出す俺は、果たせる哉、Masochistには違ひないのである。   未来永劫嬲られ続けるといふ地獄の責め苦が仮に存在するのであれば、 正しく俺はその責め苦を受けてゐる極悪人なのである。 否、違ふ、俺は極悪人になんかこれっぽっちも為れやしない侏儒。   それでもこの焦燥感は油断をしてゐると虚を衝いて襲ひかかり、 それは見事なまでに全く容赦がないのだ。   何に対して焦がれてゐると言ふのだらうか。 何をして俺は燥(かわ)いてゐるのだらうか。 これが将に愚問なのだ。 そんな事は言ふまでもなく、 己の存在に対する不安、つまり、存在に対する焦燥でしかないのだ。   それを問ふ馬鹿はさっさと已めればいいのであるが、 どうしても問はずにゐられぬ俺は、 余程の暇人であり、 ぐうたらでしかないのだ。   其処で嗤ってゐる奴が俺であり、 彼処で嗤ってゐる奴も俺なのだ。   「Crazyって褒め言葉よ」Read More焦燥する魂

憂愁に惹かれて

憂愁に惹かれて   どうしようもなく憂愁に誘はれる時があるのだが、 それもまた、俺に与へられた特権と思ってどっぷりとその憂愁に浸る。 その時に、 ――出口なし。 と、観念する俺は、唯、憂愁の為されるがままに任せて 時間を浪費するその贅沢を味はふ。   その時間は、名状し難き極上の時間で、 それを一度味はってしまふと、もう抜け出せないのだ。 そして、その時、唯、俺の前にあるのは「自死」といふ言葉で、 死を弄びながら、堂堂巡りに埋没す。   何時まで続くのか解らぬその堂堂巡りは、 俺と言ふ存在もまた、 渦状の時間により支配されてゐると思い為しながら、 そして、それが一つの時間の解なのではなからうかと 独り合点し、 そのぐるぐる回る時間の軌跡を追ふのだ。 それが、極上の時間で、死を心棒に回る時間は、 まるで独楽のやう。   つまり、俺にもGyroscopeが埋め込まれてゐて、 その芯は真っ直ぐに死を指し、 それと直角を為して生が巡る。   死と生はぴたりと直角でなければ、 そのGyroscopeは永くは回らず、 ことりと斃れて死屍累累の死の中にRead More憂愁に惹かれて

薄明の幻影

薄明の幻影   うっすらと雲間から顔を出した満月の赤赤とした相貌にどきりとしつつ、 この宵闇へと真っ直ぐに突き進む薄明の時間にこそ、 俺の欣求した世界が寝転がってゐるかもしれぬ。   終日のたりのたりかなと蕪村は詠んだが、 この薄明の時間にこそにのたりのたりと移ろひゆく時間の尻尾が見えるのだ。   黒尽くめの衣装に身を包み虚構の中での幻影の華を具現化しようと のたうち回って現実を優美に食し最期まで艶やかだった女の歌ひ手は 別離の歌を残して此の世を去ったが、 彼女はこの薄明の時間が最も好きだったのかもしれず、 それを聞かず仕舞ひで先に逝かれてしまったの事は無念である。 それでもこの赤赤とした満月にも似た彼女の艶やかさは、 俺の五蘊場では今も尚、存在する。   プルーストは『失われた時を求めて』で、 時間の多相性を浮き彫りにし、 リルケは『マルテの手記』で、 哀切に満ちた時間ののっぺりとした相貌に出会(でくは)してゐる。   ところが、俺は時間の無限の相貌に面食らひ 今も尚、それに対して収拾が付かぬまま、 時間を今のところひっ捕まへる事はせずに 抛っておいてゐるのであったが、 しかし、時間の方がそれに焦れて、 俺にちょっかいを出しては 俺を弄び出したのだ。  Read More薄明の幻影

暗中の祝祭

暗中の祝祭   鬱勃と雲が沸き立つやうに 俺の五蘊場では祝祭が始まった。 五蘊場、其処は頭蓋内の暗中の事だが、 其処には脳があり、 しかし、現在、全てが脳に帰される事に対しての小さな小さな反抗として 敢へて頭蓋内の闇を俺は五蘊場と名付けた。   頭蓋内の闇は、時空間の場として 唯単に脳と言ふ構造をしてゐるに過ぎないとの見地に立ち、 頭蓋内の闇を五蘊場と名付け、其処に生滅する念こそが 死後をも生き続けるものとして つまり、怨念もその一つとして 未来永劫に亙って存在し続けるのだ。   さて、五蘊場で始まった祝祭は、 果たして何を祝ってゐるのか。   俺は存在と言ふ言葉には何とも直ぐに反応し、 五蘊場がざわつくのだ。 多分、五蘊場の念の一つが存在と言ふ言葉を発した筈なのだ。 その言葉を端緒として五蘊場では核分裂反応が連続して続くやうに 不意に存在と言ふ言葉が五蘊場に出現した事で、 五蘊場に棲む異形の吾どもが 快哉の声を上げ、祝杯を挙げてゐるのか。   酒を呷るやうに毒薬を飲みながら 痺れる頭蓋内の脳髄。  Read More暗中の祝祭

疲弊の先にあるものは

疲弊の先にあるものは   かそけき気配が不意に飛び去る。 そんな時は視界が乳白色に変容して行き 疲労困憊の中にゐる俺を発見する。   この疲弊の先にあるものは 多分に憂鬱なものでしかないのであるが、 生きる事を選択する以上、その憂鬱はやり過ごすしかない。   このぼんやりとした憂鬱はしかし、危険極まりなく、 気を抜けば俺を死へと誘ふのだ。   この綱渡りの有様に嫌気が指すと 最早俺は自死をするかもしれぬ。   つまり、俺は途轍もなく疲れたのだ。   その疲れた眼で見る世界は乳白色にぼやけてゐるとは言へ、 俺の事なんぞにかまけてゐる世界の未来へ真っ直ぐに進んでゐる。 その世界に置いておかれた俺は、 独り愚痴を呟きながらも、 変容を已めない世界の様相に 俺の場所を確保する事に精一杯。   帆を張り大海原を疾走する帆船に焼き餅を焼きながら、 俺は沖太夫、つまり、信天翁(アホウドリ)に魂を載せて、 海上を疾走する幻想に多少の安らぎを覚えつつも、 それは俺が結局のところ幽体離脱する事に憧れてゐて、 俺からの一刻も早い離脱を望んでゐるのだ。Read More疲弊の先にあるものは

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