闇ばかり何処を見ても闇ばかり何時もの事と彷徨ひ歩く あてどなく歩く幸せ幾ばくか踏み迷ひてそれいとをかし 豹変すそんな力が残りしか疑心暗鬼が生む愛憎の涯 残り香に再び火照る吾が情動思ひ思はれ愛が渦動す 狂ほしき肉欲果つることはなし衝動のまま愛を貪る Gemini-3.1-Proの批評 Thinking… Analyzing the Poems I’m currently delving into the five provided tanka. My focus is on dissecting each poem’s structure,Read More闇ばかり何処を見ても闇ばかり
寂寞
寂寞 此の寂寞とした、何とも表現し難き感覚は、何なのであらうか。 ――それ。 と其処に石ころの一つを投げ入れても、カランコロンと虚しい音が響くだけなのだ。 しかし、その寂寞とした其処を、吾は決して見放すことは不可能なものなのだ。 何故って、其処は此の胸に外ならないから。 それでも吾は何度でも其処に石ころの一つでも投げ入れて、 カランコロンという虚しい響きをぢっと聴かずにはをれぬのである。 さうして、吾は、やっと此の世に屹立する事が許され、 また、吾はその虚しい響きで以て吾の存在を確認するのだ。 その響きは、しかし、虚しいものでなければならない。 でなければ、吾は直ぐに吾に飽きてしまって其処で大欠伸をするのが関の山なのだ。 それは、シシュポスに比べれば、何の事はない、簡単に自己確認が出来ちまふ代物なのだ。 つまり、吾は絶えず虚しい響きに聞き耳を欹てる事で、 吾が虚しいものとして納得出来るのだ。 さう、吾は何としても虚しいものでなければならぬ。 吾が虚しくなければ、途端に吾は吾自身に対して猜疑の眼を向け、 無理矢理にでも吾は吾を虚しいものとして把捉したがるのだ。 その傍では、お道化たものが、つまり、それも憎たらしい吾に違ひないのであったが、 吾を嘲笑ふ吾もまた、その虚しい響きに安寧を感じてゐるのだ。 ならば、吾、立たんとす、シシュポスの如くに。 さうして胸奥に石ころのカランコロンといふ虚しい響きが永劫に残るのだ。 短歌二首俳句一句 何を見る闇間に浮かぶ月明かり其は絶望の写し鏡かRead More寂寞
何たることか
何たることか 何たることか。 《吾》を苦しめてゐる《もの》が《存在》それ自体だといふのか。 ならば、《吾》は《存在》から退くべきなのぢゃないかな。 かうして、《吾》は何時でも《存在》から退く事ばかりを考へてゐたのだが、 ところが《吾》は《存在》から撤退することはままならず、 退くのは《吾》以外の《もの》ばかり。 さうして此の世に《吾》のみ取り残されたといふ錯乱の中、 単独者としての《吾》の来し方行く末に不安を覚える《吾》は、 絶えず現在に取り残されたといふ怨嗟にのみに執着し、 過去と未来を呪ふのだ。 不安が去来現をぶつ切りにしながら、 《吾》の内部を侵食する。 燃え上がる《異形の吾》は、 ヰリアム・ブレイクがかくいふ消えない永劫の炎に身を包み、 《吾》に取って代はらうとバリバリと《吾》を喰らふのだ。 尤も、それは《吾》が望んだ事で、《吾》の消滅こそ、 《存在》する苦悶からの逃げ道なのだが、 それは《吾》がある限り不可能なのだ。 禁忌なのか。 《吾》が《吾》を侵食する事は。 秋山駿が「内部の人」と呼んだ《存在》の在り方は 土台、無理強ひもいいところなのさ。 へん、《吾》が《吾》を喰らふとは、 嗤ひが止まらぬぜ。 Read More何たることか
朝靄に消ゆるは誰が影か
朝靄に消ゆるは誰が影か それは地中から際限なく立ち上る湯気のやうに 直ぐに辺りは濃い朝靄に包まれ、 その中に消ゆる独りの影があったのだが、 瞬く間に朝靄の中に消えてしまったのだ。 これはドッペルゲンガーなのか、 濃い朝靄の中に消えた人影は私だと直感的に解かったのだ。 さて、困ったことに私には足がなかったのだ。 濃い朝靄に消えた人影の後を追ふことが出来ずに 噎せ返るやうな朝靄の中にぽつねんと佇む以外に何も出来なかった。 とはいへ、私の下半身は朝靄に溶け入り、 既にその姿形は失せてゐる。 岸壁に舫(もや)ふ一艘の船のやうに 私は一歩も動けないのだ。 それが私が私に対する苦しい姿勢なのだ。 さうして、私は、私の影を見失ひ、 尤も、私を見失った私とはいったい何なのであらうか。 救ひは此の濃い朝靄なのだ。 朝靄に上半身のみが此の世に現はれた私もまた、 此の濃い朝靄に消ゆる独りの人影に過ぎぬ。 その時間、私は何を考へてゐたのだらうか。 まるで記憶喪失のやうに私はその時の私の頭蓋内に巡ってゐた思考を 全く亡失してゐて、唯、私から逃れ出た私の影の残滓を追ふばかりではなかったのか。Read More朝靄に消ゆるは誰が影か
記憶飛び
記憶飛び体調悪く春沈む 何度ぶちのめせばいいのか春一夜 陽炎に何を重ねる似而非人間 交はりて吾立ち上がりし蜃気楼 早春の寒の戻りに老ひ感じ Gemini-3.1-Proの批評 Thinking… Exploring Haiku Meaning I’m currently delving into the nuances of the provided haiku. My focus is on unraveling theRead More記憶飛び
闇に紛れて
闇に紛れて この闇に紛れてまんまと逃げ果せたと思ふな。 何故って、闇自体がお前だからさ。 両の目玉をかっと見開き、 闇の中でも気配でものの存在が解かるお前は、 さぞかしをかしいに違ひない。 ところが、俺はかうして提灯を持ち お前の内部を穿鑿してゐるんだぜ。 光に照らされる気分はどうだい? さぞかしちくちく痛いだらう。 光の照射を闇たるお前の急所に当てて、 さうしてお前を殲滅するのさ。 さもなくば、俺がお前に喰はれちまふのさ。 此の世は所詮弱肉強食。 闇が勝つか光が勝つのかのどちらかしかないのだ。 闇に光あり、光に闇ある世界は既に終はりを告げたのだ。 闇の中で提灯が照らし出しものは 蛸の足のやうな吸盤がある奇怪なもので、 其処にお前のアキレス腱が、つまり、急所がある筈なのだ。 もういいだらう。 さうして虚勢を張った処で、お前の内部は全てお見通しなのだ。 闇が住む世界は既に駆逐されて、 お前は影としてのみとして此の世に存在を許されしものなのだ。 ならば、お前は、此の世からをさらばして、 さうして天の太陽を滅ぼすべきなのだ。Read More闇に紛れて
撲殺
撲殺 何も言はずにそいつは撲殺されるがままに死んでいった。 その時、その場にゐた者はそいつの眼から決して眼を背けてはいけなかったのだ。 しっかりと撲殺されゆく者のその哀しみを起立した姿勢のまま、 黙って受け止めなければ撲殺されたものの魂は浮かばれず仕舞ひなのだ。 その日、空は雲一つなく、真っ青の蒼穹で、 撲殺されゆく者の肩に撓んで圧し掛かり、 そいつはばたりと倒れ込んだ。 ぶん殴るときの鈍い音だけを響かせてはゐたが、 その場にゐた者は皆苦虫を噛み潰したやうな顔を突き合はせて、 「ぼくっ」と言ふ鈍い音とともに倒れたそいつのかっと見開かれた眼玉を凝視し、 しかし、一瞥しただけで既にそいつは全てを語り果してゐたのだが、 それを見てゐた者は、一時もそいつから目が離せず、 それが死にゆく者に対する 最低限の礼儀だったのだ。 もう、二度と今生で会ふ事もない者を彼の世に送る儀式として、 先づ、そいつの死に様を、唯、撲殺されゆく者の眼から眼を逸らしてはならぬ。 理由なく、そいつは撲殺されたゆゑに。 しかし、此の世は不合理である事を 知り尽くしてしまってゐる者どもの眼は、 腐った鰯の眼玉そっくりに、たまたま死に損なったに過ぎぬのだ。 それゆゑ、生き残ってしまった者の礼儀として そいつが確かに死んでしまったのを見届けた後に、 一滴の涙を零して瞑目すべきなのだ。 Read More撲殺
影を追ふ
影を追ふ 土台自身の影を追ったところで、何か摑める筈もなく、 しかし、それが無駄なことなのは知った上でも、尚、自身の影を追はずして 寂滅するのは口惜しいのは、存在する何ものも同等で、 さう思はずして果たして存在は存在出来得るのであらうか。 ――何、そんな事を考へられる時間があったならば、己の内奥に棲む「そいつ」を一刺しして抹殺するのがいいのさ。それが出来ないのであれば、影を追ひ続ける外ないぜ。 と、「彼」は語った。しかし、私にはその「彼」が誰なのか解からぬふりをして、 にやにやと嗤ひながら、知らぬ存ぜぬを決め込んだのだ。そして、私は私の五蘊の場に射影される私の影を追ひ求め、そして、迷子になってしまったのだ。 ――へっへっ、とんだお笑い草だな。私なんぞは「そいつ」に呉れちまへばいいのさ。何故って、私なんぞは「そいつ」の餌にもなりゃしないからさ。 と、再び「彼」が語った。私は、またも「彼」が誰なのか素知らぬふりをしながら、 にやにやと嗤ひながら、かう訊いてみたのだ。 ――影って何の影のことかね? ――お前が此の世で見せる陰翳の狎れの果てさ。 ――陰翳? さうぢゃないだらう? 影は、ものあれば、そして、もの皆、趨光性なればこそ影が存在するのと違ふかね? ――馬鹿らしい。影あるものは全て趨闇性なものさ。 ――趨闇性? ――さう。闇に向かふのが存在の宿命なのさ。 ――それこそとんだ茶番だぜ。 ――では、何故、此の世は闇ばかりなのさ。光と闇の勢力図から言へば圧倒的に闇の勝ちだぜ。 と、その時さう言ったきり、「彼」は露と消えて、私が此の世に独り単独者として迷子のままに残されたのだ。 Gemini-3.1.-Proの批評 Thinking… AnalyzingRead More影を追ふ
陽炎
陽炎 うらうらと立ち上る陽炎は 曖昧であってはならない。 それは、必ず私の存在を証明する証明書。 それが曖昧であっては私の立つ瀬がないではないか。 ゆらゆらと立ち上る陽炎は たまゆらでも揺れてはならない。 揺れるのは私のみで十分なのだ。 存在を証明する陽炎が揺れては、 摂動する私を私は捉え切れる筈がないではないか。 私からするりと逃げる私てふ存在に対して 陽炎は薄羽蜉蝣(ウスバカゲロウ)の幼虫、蟻地獄に落ちた蟻の如く 私に束縛されてゐなければならぬのだ。 陽炎を見れば、そいつが此の世に確かに存在しているかが一目瞭然なのだ。 私は既に陽炎に呑み込まれてゐるのだ。 それ故に存在に触れたければ、陽炎を触ればいいのだ。 その時何も感じなければ、そいつは既に此の世のものではなく、 幽霊でしかない。 陽炎が堅固な物質として此の世に存在しなければ、 何を信じて私は生きようか。 陽炎が堅固故に私は、私を追ふ永劫の鬼ごっこが出来るのだ。 さうして私は一息つきながら、陽炎を触って絶えず私の存在を確認してゐるのだ。 何時の時にか私はすっかりと陽炎と化して、 この時空間を自在に飛び交う念速(=埴谷雄高が唱えた高速を超える念の伝播速度)を手にする希望なくして、 私は一時も生きた心地がしないのだ。Read More陽炎
餓鬼
餓鬼 《吾》の内部に棲む餓鬼は何時も腹をすかしてゐるが、 しかし、餓鬼は《吾》が何を喰っても一度たりとも満足した事はない筈だ。 何に対して飢ゑてゐるかを、餓鬼はそもそも知らぬのだ。 ふん! 嗤ってゐるぜ、其処の餓鬼が。 「影でも喰らってゐろ!」 と、嘯く《吾》は、 餓鬼に対して知らぬ存ぜぬを決め込むのだ。 それと言ふのもそれが餓鬼に対する最上のもてなしだからだ。 餓鬼は放っておいても 食ひ扶持に困ることはない。 何故って、《吾》が《存在》する限り、 餓鬼はウロボロスの如く《吾》を銜へてゐれば それで手持無沙汰は凌げるからな。 へっ。また嗤ったぜ。 ――この餓鬼が! 早く《吾》を喰らって呉れないか。さうすれば、《吾》は少しは気が楽になるのに。 《樂》は此の世の陥穽だった。 《樂》の上に胡坐を舁いて座ってみたが、 その居心地の悪さといったならば、 名状し難き不快なのだ。 しかし、不快は物事を変貌させる原動力になるから《樂》は已められぬのだ。 ――ちぇっ、不快は餓鬼のげっぷだぜ。 しかし、げっぷはげろげろげ、だ。 さうして《吾》はやっとの事、呼吸が出来たのだ。 Gemini-3.1-Proの批評 Thinking… Refining PoemRead More餓鬼

