弥次郎兵衛 両腕に等量の重りを抱き、 脚の如き一本の心棒でBalance(バランス)をとる弥次郎兵衛は、 果たして、その平行を打ち破る打撃を加へられ、その心棒がポキリと折れて、 地べたに這ひ蹲るのか。 ―さうさ。さうぢゃなくちゃ、此の世の不合理は何ものも堪へられぬではないか。弥次郎兵衛は打ち壊されて、神の脚に踏んづけられるのだ。 神の偉容の脚の下には、夥しい数の壊れた弥次郎兵衛が踏みつけられてゐたのだった。 Claude-Opus-4.7の最終の批評 Thinking… The user has incorporated all my suggestions—they removed the two phrases I flagged and added a striking finalRead More弥次郎兵衛
哀歌 二
哀歌 二 黄昏時の哀しみに躓いてしまった。 何てことか。 まるで一生ぼんやりと 眼前の形が形としての映像を結ばない曖昧模糊とした世界を 漫然と眺めてゐる阿呆と何処が違ふといふのか。 或ひは俺は盲人か。 何にも最早見えないではないか。 嘗て汚れちまった哀しみを歌った詩人も、 こんな哀しい黄昏時を味はった事はないかも知れぬ。 俺にとっては至極当たり前の事なのだが、 何時も哀しみに蔽はれし心身は、 既に自己とふ名の殻に閉ぢ籠もったといふのか。 漫然とした哀しみほど残酷なものはないのだ。 何故って、最早その哀しみは霊の如く憑依して 俺を俺以外の何かへと誘ふ端緒としてしか俺の存在を認めぬのだ。 この哀しみを知るものは 既に此の世を去ってしまったものばかりに違ひない。 この哀しみの中で生き残るなんて馬鹿しかできぬ神業なのさ。 ぢっとしてゐると、どうしようもない哀しみが 心に滲み出てきて、あっといふ間に心全体を蔽ふのだ。 何て重たい心だらう。 哀しみにうちしがれし心は、Read More哀歌 二
妖精
妖精 彼女は何ものだったのだらうか。 私がいつも重度の抑うつ状態にあり、 不眠に悩まされてゐる疲労困憊の中にある時を狙って、 どんよりと滓が沈殿したやうな暗い部屋のドアを ――とんとん。 とKnockしては 彼女は不意に私の眼前に現はれ、 私を蠱惑の世界へと連れ去った今では懐かしいひと時があったのだ。 何よりも彼女は私を官能的な仕草で誘惑し、 何よりも彼女の透き通るやうな肌と鼻筋の通ったその美しい顔と 均整の取れた胸の張り具合に惹かれて 私はといふとその誘惑に素朴に溺れた。 何であらうか、 彼女は直ぐさま裸になり、 私の唇に唇を重ねた。 私は彼女をただ、撫で回した。 私が触れる度に彼女は喘いで、更に私を誘ふのだ。 彼女の女性器は既に濡れてゐて、 更なる官能に溺れたいのか、 いつでも私を受け容れる準備は出来てゐたのだが、 私はといふと小賢しくも彼女を焦らすのだ。 さうすると、彼女はその優しく透き通った柔肌の手で 私の一物を強く握り、 さうして色っぽく嗤った。 ――あなたはまだ、子どもね。可愛い。 と、彼女が私の唇を嘗めながら囁いたのだ。Read More妖精
アストル・ピアソラを聴きながら
アストル・ピアソラを聴きながら 「リベルタンゴ」が流れてゐる。 激情の中に哀愁漂ふバンドネオンの音色に誘はれるやうにして 私は独りテロルについて思ひを巡らせてゐる。 この一見余りにも不釣り合ひな組み合わせは、 しかし、ピアソラの演奏で断然際立つのだ。 テロルの残虐極まりない所業に対して ピアソラの演奏は何処か藁をも摑むやうにしながらも これしかないと言ふ旋律をしっかりと紡ぐその手捌きは見事の一言で テロルが人人にもたらす憎悪すらをもピアソラが紡ぐ旋律は呑み込み そして、逆巻くバンドネオンの音色に私も完全に呑み込まれる事に快楽を見出し、 テロルが齎す激しい憎悪の感情すらをもピアソラの演奏は吞み込んでゐて、 その尋常ならざる演奏に唯唯感嘆するのみなのだ。 テロル。 これは現代において既に戦争を指すものとしてその様相を変化させたが、 さうだからこそ、ピアソラの途轍もなく先鋭化したタンゴの楽曲は この不安な世界情勢の中でも一際際立つのだ。 それは何故なのか。 多分、それはピアソラが音楽と壮絶な戦ひを行ってゐた痕跡が ピアソラの音楽の中には確として存在し、 しかもピアソラは何処か恬然としてゐる。 こんな音楽を生み出してしまったピアソラの苦悶は、 しかし、如何程であったのか想像に難くないが、 その壮絶な戦ひぶりに テロルは、さて、何処まで、無辜の人人を殺して、 人人に憎悪を植ゑ付ける事に成功するのか、Read Moreアストル・ピアソラを聴きながら
焼尽
焼尽 一度それが尻尾にでもくっつけば、 部分はあっといふ間に全体を焼尽する小さな小さな小さな灯火の炎は、 逆巻く渦を巻きながら、とんでもない上昇気流を発生させて、 更に炎の勢いは強大になり、 最早向かふところ敵なしなのだ。 炎は炎を呼び、 その激情に煽動されながら、 更に炎は勢ひを増し、燃え盛るのだ。 しかしながら、部分が全体になるとそれは既に逆巻く炎の衰滅の兆候に違ひなく、 とはいへ、憎しみの炎が一度現存在の心に火が付くと、 それは最早消すことは不可能で 憎悪の炎は人類史の長さに相関してゐる。 憎悪といふ炎は、それほどに扱ひにくく、 また、現存在の心にその憎悪の炎を灯すのは余りにも簡単なのだ。 再び時代はテロルの時代に入ってしまったのだが、 憎悪は憎悪を招き寄せて、それが更なる炎の逆巻く大渦となり、 世界は恐怖心から更に憎悪の炎を煽動するのだ。 テロルの始末に負へぬところは、テロルが「敵は殺せ」といふ 古から伝はる箴言に収束し、 そんな憎悪の底無し沼に足を取られた現存在は 消せない憎しみの記憶に溺れるのだ。 薬物中毒者と同じやうに テロルの恐怖と憎しみの記憶の炎は、Read More焼尽
月下の彷徨
月下の彷徨 かそけき月光の下、 物の淡い影の中を彷徨す。 その中はまるで暗渠の中のやうに 絶えざる現在が眼前に現はれては消え、 さうして時が移りゆくのであったが、 そこでは何ものも一斉に沈黙し、 押し黙ったまま、 いづれもが吾の中に蹲るのである。 だが、そのいづれもが吾を知らぬまま、 いづれもが見失った吾を求めて、 月光の下、彷徨ひ歩く魂魄の蝟集する場で、 ――あれは……。 と吾の異形に遭遇してはびっくり仰天しながら、 吾を名指さずにはゐられぬのである。 その異形の吾が何事かを呟くと、 吾は聞き耳を欹(そばた)て、 その言葉の一字一句も聞き漏らさぬやうにと胸奥がざわつくのだ。 さうして浮き足立つ吾は、 最早此の世の物とは思へずに、 唯唯、魂魄の一種になった心地がして、 何となく幽体離脱したやうな吾の存在の奇妙さに苦笑ひする。 しかし、最早吾が魂魄の如き物と化し、吾の中に幽閉された吾をして、 吾は憤懣を吾に向かってのみぶちまけるのだ。 さうしなければ、吾は吾の存在根拠を失ふもののやうにRead More月下の彷徨
虚妄の迷宮
虚妄の迷宮 あれがこれになり、 これがあれに瞬時に変はる奇っ怪な世界の中、 ぐるりと巡る曲線のやうな直線に極北を見、 様様な不可視な力が作用する其処は、 等速平行運動に加速度があるやうな 物理学が成り立たぬその世界の中で、 俺は奇妙にひん曲がった俺の顔を意識する。 何もかもが歪んでゐながらも何処も歪んでゐない不合理に、 初めは面食らった俺ではあったが、 常在地獄とはこのやうな様相を呈してゐるのかもしれぬと にんまりとそのひん曲がった顔で嗤ひながら 独り俺の嗤ひ声のみがその奇っ怪な世界で響き渡る。 しかし、俺の嗤ひ声には既に聞き飽きてゐた俺は、 直ぐにシベリウスの交響曲のやうな壮麗な音楽が 世界の背後で響き渡ってゐるのを知った。 その壮麗な音楽は、 それ以前も絶えず此の世界で響き渡ってゐたものとみられ、 それまで全く気付かなかった俺の聴覚は多分、既に難聴なのだと思ふ。 然し乍ら、難聴ゆゑに聴こえてしまふのは、この世界のなせる業なのだらう。 重厚な弦楽器の調べ、北欧的な抒情を湛へながらも抒情に流されぬ力強さ、 それらが渾然一体となって重低音に体が震へるこの調べは、 正しくシベリウス的な交響曲といへるが、 それをぶち壊す不協和音が並行して奏でられてゐるのは 交響曲然とした音楽は此処では音楽ではないのであらう。 Read More虚妄の迷宮
眩暈
眩暈 どくっと鼓動がすると、 奇妙に世界が歪曲し、 真白き霧のやうなもので世界が蔽はれ始め、 俺は五蘊場に逃げ込みつつ、卒倒するのだ。 これには何の予兆もなく、卒倒は忽然とやってくる。 卒倒しながら俺の意識は白濁する事なく妙に冴えて 倒れた俺と自己との対話を冷静にしてゐるのだ。 眼前は、しかしながら、何にも見えず、 唯唯、いつもより激しい鼓動を感じるのみなのだ。 その時、俺は覚悟を決めてゐるのか、妙に気持ちが悪いほどに冷静なのだ。 そして、五蘊場に逃げ込んだ俺は、 やどかりがちょろちょろと貝殻から足を出すように 俺の内部の目を少しづつ広げながら、 俺と言ふ存在を確認する。 とはいへ、卒倒してゐるのは徹頭徹尾俺なのだが、 何処か第三者的に俺は俺を観察してゐる。 其処にしかし、俺の正体は見えず、 唯、白から赤く染まった血の色の世界を凝視するのみなのだ。 確かに、俺は最早病んでゐるに違ひないが、 だからといって何をするわけでもなく、此の死に近づきつつある俺を 何処かで楽しんでゐるのだ。 それは薄氷の上でダンスを踊るやうなもので、Read More眩暈
ギリシャ悲劇のやうには
ギリシャ悲劇のやうには ギリシャ悲劇の登場人物のやうに 個人の意思ではどうあっても抗へぬ 「運命」、若しくは「宿命」に対して、 将に筋書き通りに生きてしまふ哀しさは、 それ故に悲劇と呼ばれるのであるが、 そんなギリシャ悲劇が持て囃された時代は ギリシャの爛熟期から没落してゆく時代であった。 ギリシャ悲劇に登場する人物は、 ごく普通の運命は誰も課されてをらず、 それは偏に堕ち得るべく悲劇性が先験的に課された人間でなければ、 ギリシャの人人は敢へて外の時間に費やすよりも 悲劇を鑑賞する筈はなかった。 それは時空すらも登場人物の運命には膠着し、 当然世界もギリシャ悲劇に登場する人たちに対しては連れなくて、 何処か世界はそれらの人人を先験的に見捨ててゐるのだ。 だから、其処に人間を魅了して已まぬ人間による抗へぬ力が働き、 それを観衆は自分の置かれた運命に重ね合はせて溜飲を下ろしたのであらう。 心は量子のやうに波性であるために、 様様な感情が同時に存在可能なのだらうが、 だからか、ギリシャ悲劇は映画を観るやうでゐて、 それとは違ふ脳髄の疲れが生じるだ。 ギリシャ悲劇は人の心を押し潰す。 ぺちゃんこに押し潰し、 金属をプレスするやうにRead Moreギリシャ悲劇のやうには
泥濘に嵌まるやうにして
泥濘に嵌まるやうにして もう二進も三進もゆかぬどん詰まりに追ひ詰めなければ 何とも居心地が悪い俺は、 何時も進んで泥濘に嵌まるやうにして 藻掻きながら泥濘に呑み込まれるといふ快楽を本能的に知ってゐる。 それはいかにも卑怯な事であり、 現実逃避の一つの形態なのだが、 それを知りつつも、一度泥濘に嵌まってしまったならば、 その居心地の良さから遁れる事は温い世界が大好きな存在にとっては不可能と言ふもの。 そして、俺は泥濘に嵌まるやうにして 存在に軛を課し、 その事により、存在の尻尾を捕まへやうと 手抜きを行ってゐるのだ。 生きる事に対する此の手抜きは 面倒ぐさがりの俺にとってはとてもよろしく作用し、 さうして図太く此の世に憚る悪人と化して生き延びるのだ。 例へばそれはこんな構図をしてゐるのかもしれぬ。 俺は蜘蛛の巣に捕まった羽虫の如く、また蟻地獄に落ちた蟻の如く、 死の陶酔の中で酔ひながらの恍惚の中、死を迎へるに違ひない。 囚はれものの狭隘な世界の中で全宇宙を知ったかの如き錯覚の中で 一時の生を繋いでゐるのだ。 最初、泥濘としか思へなかったものが 何時しか底無し沼へと変はってゐて 最早其処から出られぬ俺は その二進も三進もゆかぬ状況を是認してゐるのだ。Read More泥濘に嵌まるやうにして

