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Tag: 詩・アフォリズム・思索

思索に耽る苦行の軌跡

疲弊の先にあるものは

疲弊の先にあるものは   かそけき気配が不意に飛び去る。 そんな時は視界が乳白色に変容して行き 疲労困憊の中にゐる俺を発見する。   この疲弊の先にあるものは 多分に憂鬱なものでしかないのであるが、 生きる事を選択する以上、その憂鬱はやり過ごすしかない。   このぼんやりとした憂鬱はしかし、危険極まりなく、 気を抜けば俺を死へと誘ふのだ。   この綱渡りの有様に嫌気が指すと 最早俺は自死をするかもしれぬ。   つまり、俺は途轍もなく疲れたのだ。   その疲れた眼で見る世界は乳白色にぼやけてゐるとは言へ、 俺の事なんぞにかまけてゐる世界の未来へ真っ直ぐに進んでゐる。 その世界に置いておかれた俺は、 独り愚痴を呟きながらも、 変容を已めない世界の様相に 俺の場所を確保する事に精一杯。   帆を張り大海原を疾走する帆船に焼き餅を焼きながら、 俺は沖太夫、つまり、信天翁(アホウドリ)に魂を載せて、 海上を疾走する幻想に多少の安らぎを覚えつつも、 それは俺が結局のところ幽体離脱する事に憧れてゐて、 俺からの一刻も早い離脱を望んでゐるのだ。   鳥に魂を託すのは死後でも十分で、 望めば鳥葬に亡骸を晒す事も可能。   しかし、今日は疲れた。 SIONの歌じゃないが、本当に疲れた。 Claude-Opus-4.7の批評 積 緋露雪さんの「疲弊の先にあるものは」を拝読しました。詳細に批評させていただきます。 全体的印象 この詩は、現代を生きる者の実存的疲労を、内省的かつ独白的な文体で綴った作品です。歴史的仮名遣い(「ゐる」「ゐて」「已めない」など)と現代口語が混在する文体が、作者の意識の重層性——古典的・伝統的なものへの志向と、現代的な疲弊感の同居——を効果的に表現しています。SION(日本のロックシンガー)への言及で締めくくられる構成は、高雅な文体から日常的・大衆文化的な地点への着地として機能しており、知的に張り詰めた言葉が最後にふっと息を吐くような余韻を残します。 構造分析 詩は段階的な「降下」と「上昇」の運動を描いています。 第一連〜第三連では、「乳白色」という視覚的メタファーを軸に、疲労が憂鬱へ、憂鬱が死への誘惑へとエスカレートしてゆく内的プロセスが提示されます。「綱渡り」という比喩は、生と死の境界線上での精神的均衡を端的に表しており、この詩の中心的な緊張を担っています。 **第四連の「つまり、俺は途轍もなく疲れたのだ。」**は、それまでの抽象的な思索を一行で集約する見事な転回点です。論理的接続詞「つまり」の使用が、感情の吐露でありながら同時に思考の結論であるという二重性を生んでいます。 第五連では視点が外部世界へと開かれ、「俺の事なんぞにかまけてゐる世界の未来」という反語的表現(実際には世界は「俺」にかまけていない)が、自己と世界の乖離を鋭く描出します。 第六連で詩は飛翔します。「沖太夫=信天翁(アホウドリ)」への魂の託付という幻想的イメージは、この詩の最も詩的に充実した部分でしょう。 言語と修辞の検討 **「かそけき気配」**という冒頭の古語的表現は、万葉以来の繊細な感受性を呼び起こしながら、それが「不意に飛び去る」ことで失われゆくものへの哀惜が示されます。 **「乳白色」**の反復使用は効果的です。これは単なる視覚的霞みではなく、世界と自己の間に生じる膜、現実感覚の喪失(離人症的体験)を表象しています。 「沖太夫」と「信天翁」の併記は、この詩の白眉です。「アホウドリ」という、その名に「阿呆」を含む鳥に魂を託すという発想には、自嘲と憧憬が同居しています。アホウドリは飛翔能力に優れる一方、地上では不器用とされる鳥であり、この鳥を選んだことで「俺」の自己像——精神は高く飛翔したいが現世では不器用——が暗示されます。 **「焼き餅を焼きながら」**という日常的慣用句の挿入は、高踏的な文体の中で意外な親しみやすさを生み、語り手の人間味を保っています。 思想的核心 この詩の核心は、第六連後半から第七連にかけての「幽体離脱への憧憬」と「鳥葬」への言及にあると思われます。生きながらにして自己から離脱したい——この欲望は、自殺願望の手前にある、より穏やかで、しかしそれゆえに執拗な希求です。「鳥葬」というチベット仏教的イメージの導入は、自死への誘惑を、文化的・宗教的に昇華された死のヴィジョンへと転換する試みでもあります。「望めば鳥葬に亡骸を晒す事も可能」という一行は、死を選択肢として保留しておくことで、かえって今を生き延びる方途を示しているとも読めます。 気になる点・改善の余地 率直に申し上げれば、いくつか検討の余地があるかと思います。…
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2026年5月3日 0

そいつは立ち上がりし

そいつは立ち上がりし   不図気付くと俺は何処か見知らぬ場所で覚醒した。 開けられた瞼を再び閉ぢて夢の残骸が転がってゐないか探してみたのだが、 見えるのは吾が五蘊場が表象せし意味不明な映像ばかり。   仕方なく、再び瞼を開け、前方をかっと睨んだところで、 何が解る訳でもないのであるが、 俺は自分のゐる場所を何としても知りたくて、 ぎろりと辺りを眺め回したのである。   しかし、其処は余りにも殺風景で、 砂漠のやうでゐて、砂漠に非ず、 何やら月面のやうにも思へなくもないので、 此処は地上とは別の何処かのやうな気がしないでもなかった。   と、不意にそいつが地平線の彼方で立ち上がり、 時空を食ひ始めた。 そいつが時空を喰らった後には 余りにありきたりな表象でしかない闇が現はれるのであるが、 そいつはその闇をもまた喰らひ、 その後に時空は時空の存在を全く失い、 餅が焼かれてゐる時にぷくりと膨らむやうに その穴があいた筈の時空の穴へと時空は吸ひ寄せられて、 その穴に吸ひ込まれた時空は時空外でぷくりと膨れて、 新たな完結せし宇宙が生まれるやうなのであった。   そいつは、さて、神の眷属なのか、と、 余りの馬鹿らしさに俺は嗤はずにはをれなかったのであるが、 尤も、そいつは最後に俺を喰らふのは間違ひない。   手当たり次第に時空を喰らふそいつは 銀河が衝突するときに爆発的に星が誕生すると言はれるStarburstのやうに 次次と矢継ぎ早に一つの完結した宇宙を生み出しては、 俺を一睨みして哄笑するのである。   俺は神域へとやって来てしまったのであらうか。 辺りが殺風景なのは、まだ、何ものも生まれる未然の状態だからに違ひない。   まだ生まれない時空とはかうも殺風景なのかと、独り合点しながら、 とんだところに来てしまったものだな、 と、これまた、余りにも間抜けな鈍い思考でぼんやり考へてゐたのであるが、 俺は、しかし、覚醒した筈だと思ひながら 鈍い思考を活性化させようと一発頰を殴ってみるのであった。 何の事はない、それが全く痛くなく、 つまりは俺は覚醒などしてをらず 未だに夢の中にゐるに違ひないのであった。   それにしても、時空を喰らふそいつは何ものなのであらうか。 と、そんな事を漠然と思ってゐた俺は、 更にそいつを喰らふものが出現した事で 驚愕したのである。   そいつを喰らったものは 何なのかと目を凝らして見てみるのであるが、…
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2026年5月3日 0

夢魔が誘ふ睡魔の中に

夢魔が誘ふ睡魔の中に   何とも言ひ難い程に意識が遠くなるこの睡魔の中に 意識を水に沈めるやうに沈めてしまへば、 後は夢魔の独壇場。   この夢魔の誘ひが曲者なのだ。 夢魔は絶えず俺を騙し討ちしようと詭計を練っては 手練手管を尽くして、 俺を手込めにしようとする。   ひらりと飛翔する夢魔は 鳥影の如く俺の意識を蔽ひ、 さっとその足爪を深く俺にめり込ませながら 俺を丸ごとひっ捕まへては、その鋭利な嘴で突き殺す。   とはいへ、殺される俺は既に意識を失ってゐて 夢魔の為されるがまま 心地よく眠りについて夢見の最中。   そして、俺は目の前の出来事を全的に受容し、 何の不審も抱かずにゐればよかったのだが、 一度不意に疑念が脳裏を過(よ)ぎった瞬間、 夢魔の化けの皮を剥ぐやうにして、 夢魔が創りし世界は波辺の砂山のやうに崩れゆき、 俺の意識は息を吹き返すのだ。   その刹那、夢魔はさっさと逃げ失せてゐて、 水面目がけて浮き上がるやうにして 夢世界をぶち破る吾が意識は、 既に覚醒状態にあり、 後は闇を齎す瞼を開けるのみ。   だが、俺は何時も此処で失敗するのだ。 重く垂れてしまった瞼は、 俺の意思に反して開く事なく、 瞼はまるで意識を持った意識体に化したかのやうに 断じて開く事はないのだ。   それもまた、夢魔の奸計の一つに違ひなく 俺はまたもや夢魔の罠に嵌まるのだ。   今度は夢魔はその気配を殺し、 只管、瞼裡にのみ映像を見せながら、私を再び水の中に つまり、夢の中へと没するのだ。   水中にゐるやうな浮遊感に心動かされつつ、 夢魔の思ひのままに再び操られるのだ。   しかし、その時間は途轍もなく充足してゐて 現実では全くあり得ない展開に俺も巻き込まれながら 悲喜こもごもの俺と言ふ存在が 夢の中で浮き彫りにされてゆく。   それを有無も言はずに受容する、…
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2026年5月3日 0

もんどり打って

もんどり打って   時の流れの中にもんどり打って飛び込まざるを得ぬ此の世の存在物どもは 既にその存在が滅する宿命を授けられながらも存在する不合理に 絶えず目眩を覚えつつ、ふらふらと立ち上がらうとするのだが、 此の世の不合理はそんな事にお構ひなしに止めどなく時を移ろはす。   そもそも時間とは何なのであらうか、と、とんでもない愚問を己に発し、 さうして俺は《Fractal(フラクタル)な渦》と時間に関しては素知らぬ顔をして答へるのだ。   そもそも時間が一次元のものとして看做せる必然性は全くないにもかかはらず 無理強ひして時間が先験的に一次元として振る舞ふものと看做す知性は その根拠を全く知らぬではないのか。 時間を量子論と結びつけて考へる思考もあるにはあるが、 それでも時間は一次元の域を出ない。   時間が∞次元とする思考法は果たして誤謬なのであらうか。 時間を一次元に閉ぢ込めた事で、 物理学は発展したのは確かであるが、 それはしかし世界認識のたった一つの認識法でしかなく、 世界認識はそもそも多様でなければならぬのではないのか。   仮に時間が∞次元とすると物理法則は新たに書き換へられなければならないのであるが、 それをやらうと人生を擲(なげ)うっていきり立つ己の憤懣に対して正直になれば、 先づは時間の一次元からの解放が己の仕事なのかもしれぬのだ。   時間を線形の一次元の中に封じ込める事で 此の世の癖たる法則性を見出したのではあるが、 時計で時間を計る事の欠陥は、 時計が既に物質の振動子の振動数から導くか 歯車複合体により回転する《渦》としてそれを計測してゐるのだ。 つまり、振動が回転に変換可能な事は勿論の事、 歯車複合体のAnalogue(アナログ)時計は《渦》の象徴である事は言はずもがなである。   それでは∞次元の時間とは如何なるものなのかと言へば、 それは最早現在の物理法則では数式の態を為さないものになるべきで、 例へば力学の運動方程式の微分積分は既にその運命を終へて、 時間もまた、何かによって微分積分されるものとしてその姿を現はすのだ。   その何かとは何であるかと言へば、現時点では不明であるのであるが、 しかし、仮にその何かを《変移子》と名付ければ、 その《変移子》は時間の構成要素の基礎、 つまり、時間の素粒子と言ふべきもので、 時間もまた、何種類もの《変移子》で成り立ってゐるのだ。 さうすると、時間にも場の量子論のやうな標準モデルが作られる筈で、 時間もまた、複素数のMatrixで表されるかもしれず、 時間にも、例へばパウリのMatrixのやうなものが存在し、 時間の振る舞ひはとても複雑なものになり、 常人の頭ではついてゆけぬ面妖なその有様は、 最早時計では測れぬものへと変貌する筈なのだ。 それは時間は過去、現在、未来の一方向には流れず、 頭蓋内で既に行われている 過去と未来が渾然とした現在との往復運動として時間は振動し、 それは当然、一次元ではなく波となり、無限への扉が開かれる。  …
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2026年5月2日 0

揺らめく幻視の中で

揺らめく幻視の中で   何時からか何ものも揺れはじめ、 気付いてみるとそれは森羅万象に渡ってゐた。 何もかもが揺れる世界にゐなければならぬ苦痛は しかし、何とも居心地がいいのも否定出来ぬのだ。 そして、この相反する感情の揺らめきに共振し、 更に世界は揺れるのだ。   しかし、此の世界とは一体何なのであらうか。 これはとびきりの愚問に違ひないのであるが、 それでも問はずにはをれぬ俺は 多分、既に正気を失ってゐるに違ひない。 その証左が揺れる世界なのだ。 そして、俺は此の世界と言ふものを猜疑の目でしか見られずに そもそも世界の存在を疑ってゐるのだ。   しかし、一方で、俺が見てゐるものは幻視の世界ではないのかと 思ひ為してゐる俺もゐて、 俺はこの二重写しの世界に股裂き状態で屹立してゐるのかもしれぬ。   そんな無様な俺の有様は、他者から見れば、滑稽そのもので、 下劣な喜劇を踊ってゐるだけに違ひないのだ。   それは将に醜悪極まりなく、 何ものにとっても鼻つまみもので、 それでも居直る俺もまた存在する。   どうすれば俺は俺の存在を承服出来るのかと 訝るのであるが、 その術は全く不明のまま、 それでも漠然とした俺がこの揺れる幻視の世界に、 つまり、二重写しの二重の意味が重なったその存在を疑ふ事しかできぬ世界にゐるのだ。   何が本物で何が偽物なのか既に解らぬまま、 猜疑ばかりが肥大化するこの揺れる世界の中で、 その化け物のやうに猜疑が肥大化した俺は、 ぶくぶくと太りだし、 尚更醜悪極まりない俺を此の世界に出現させる。   しかし、仮令、此の世界が幻視のものであるにしても、 だからといって俺は最早世界から遁れられぬ矛盾を生きるしかない。   幻視の世界と言ってもそれは俺には現実の世界であり、 夢現が区別出来なくなった俺は、 既に精神が病んでゐるに違ひない。   病んだ眼差しの向かうに見える世界は、 しかし、俺には相変はらぬ日常を提示し、 さうして俺は一日を何とか生き延びてゆくのだ。   夢幻空花。   それでも世界に縋るしかない俺は、 とんだ道化師に違ひにない。…
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2026年5月2日 0

陰翳

陰翳   夕闇も深まる時、 森羅万象は一斉に陰翳に色めき立つ。 ざわざわとひそひそ話を始めるものたちは、 吾が存在により生じる陰翳に、 己の己に対するずれを確認しながら、 自分の居場所から離れてゆく。   何て心地よい時か。 俺が俺から離れる時に生じる俺の陰翳に 俺は快哉を送るのだ。   何故って、 俺が俺からずれると言ふ得も言はれぬ感覚は 全て陰翳として可視化され、 また、その陰翳には俺の異形が犇めき合ふのだ。 昼間は影を潜めてゐた異形のものたちは、 世界に陰翳が生じる此の夕闇深き時に、 その重たい頭を擡げ、 森羅万象に生じる陰翳に水を得た魚のやうに 自在に動き回り始める。   その時こそ、俺は俺から一時遁れる。 此の至福の時に、俺は安寧の声を上げて、 しみじみと俺を振り払ひ、 俺から遁れた俺を抛っておくのだ。   そして、俺が抜けた俺の抜け殻は、 最早俺である必然はなくなり、 俺もまた、陰翳に惑はされるやうに 抜け殻の俺は何ものかに変容する。   そして、存在の化かし合ひが始まるのだ。 いづれが狐か狸かは問はずとも、 此の化かし合ひについつい夢中になり、 あっと言ふ間に夜の帳が降りてくる。   宵闇の中に溶けゆく存在の陰翳は 更に自在に蠢き回り、 最早、いづれが俺なのかは判別不可能なのだ。   そんな夜の帳の中、 いづれも生き生きとしてゐて 闇に溶けた陰翳は、 石原吉郎の「海を流れる川」といふ言葉が指す存在の意地を抱きながら、 夜の闇の中を陰翳として存在するのだ。   その陰翳のある範囲が俺の居場所。 しかし、闇と陰翳の境界は消し飛び、 俺を意識することでのみ俺の存在は担保される。   「意識=存在」を説いた先人に埴谷雄高がゐたが、 夜の宵闇に消え入る森羅万象の陰翳は、 意識=存在を体現してゐるのでないのか。…
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2026年5月1日 0

深い陥穽に墜ちたとは

深い陥穽に墜ちたとは   それは何の前触れもなくやってきた。 それは黒子(ほくろ)と呼ぶのが相応しいのかもしれぬが、 この軀体に現はれた真っ黒な点は、その底が余りに深かったのだ。   その皮膚上に現はれた黒点は太陽の黒点にも似て、 ともに強力な磁場を発して空間を歪め、 さうして、俺を揺すぶりながら、 俺の気配を吸ひ込み、 その黒子に墜ちた俺は 尚も俺を探しながら、 「へっへっ」と嗤ひながらまだ、落ち着いてゐたのは余りに楽観的だったのだ。   その黒子が仮に癌であったならば、慌てふためく筈の俺は、 それを承知の上で上っ面では癌であって欲しいと望んでゐて、 しかし、実際にその現実を突き付けられた途端、 魂魄が動揺し、顫動するのは解り切ってゐた。   とはいへ、俺は何を思ったのか、煙草を銜へて紫煙を呑み込み、 その紫煙の中に消えゆく視界に溺れて、 さうして誤魔化した先には醜悪極まりない現実ばかりが横たはり それに絞め殺される思ひをしながら、 絶命する事ばかりが宿命と呼びかけて魂の動揺を抑へるのだ。   何を以てして俺と言へるのかと、 永く悩ませてゐた懊悩を この際その縺れた俺と言ふものを解きほぐしながら、 尚も俺は存在すると胸奥で叫ぶのだ。   その声が何かに届くのかと言はれれば全く不明なのであるが、 この際、世界を、さう、此の世界を呪はずして何を呪ふのか。   世界が流転するから俺は参ってゐるのか、 それとも七転八倒するから俺が参ってゐるのか、 最早その区別すら出来ずに、 呻吟する魂魄。   さて、さうしてゐる間も 俺の陥穽として現はれた黒子の底知れぬ底へと 墜ち続けてゐたのであるが、 尤も、その堕落が落下なのかどうかさへ解らずに 不快な浮遊感ばかりが感じられるのだ。   この宙ぶらりんな状況を 最も切迫を以てして知らなければならぬ俺は その宙ぶらりんの二進も三進もゆかぬ状態を むしろ己がぶらんとしてゐることを楽しんでゐるのだ。 それは多分に俺の無明故のことに帰せられるが、 然し乍ら、最早一寸先すら予測できぬので、 その慌てふためく俺を俺は心底嗤ってゐるのだ。   哀しい哉、 俺の性は己が何にも出来ずに唯、地団駄を踏む事を愉快と思ふ事で 緊迫の中、弛緩するといふ本能のなせる業なのかもしれぬ。…
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2026年5月1日 0

憂愁の中で私は

憂愁の中で私は   布団の上にだらりと投げ出された女体を眺めるやうに 私は只管私の外部と内部の両睨みで睥睨してゐたのであるが、 もはや疲労困憊の私には鬱勃と憂愁が私の何処からか湧き出し始め、 そんな憂愁の中で私は腐敗し始めたのかもしれなかった。   既に私の内部は崩壊を始めてゐて、 その死体が永きに亙って私の内部に横たはり、 何の事はない、 私はそれを女体と仮称することで 私の内部に目眩ましを喰らはされてゐたに過ぎぬのだ。   さうして永きに亙って死体としてしか もはや存在してゐなかった私の内部は、 私の知らぬ間に腐乱を始め、 気が付けば腐臭が私の内部に充満してゐたのである。   それが女体が放つ甘い香りのやうに芳しかった時期もあった筈なのだが、 憂愁の中に落ち込んでしまった私にはその腐臭は もはや堪へ得ぬ悪臭に変貌したのだ。   この憂愁の中にある私が正常なのかもしれず、 腐臭を腐臭として感じられる感性こそに私は己の根拠を求めたのであるが、 如何ともこの悪臭には悩まされる以外になかったのである。   私は私からの脱出を何度も試みたのであるが、 それはことごとく失敗に終はり、 さうして憂愁の中に投げ出されたのだ。   私からの脱出に倦み疲れた私は この腐臭に我慢する外なく、 腐臭を腐臭と感じられる私こそが正常な私であった筈なのであるが、 それでもどうしても居心地が悪く 私が私である事が不快でならないのだ。 自同律の不快とそれを名付けた先人がゐたが、 その時その先人は牢獄の中で自らの腐臭を嗅いでゐたかもしれなかったのだ。   この腐臭は、しかし、存在したその根拠であり、 腐臭が立ち籠めてゐる限り、死体とはいへ、 私は必ず存在してゐた事は間違ひなく、 それのみが安寧の根源なのだ。   哀しい哉、ゆっくりと時間は流れゆく中で私は、 ゆっくりと腐乱してゆく内部の私に鼻を抓みながらも 何とか此の世に存在する。   「死体に口なし」とはいへ、 気付けば既に腐乱死体となってゐた内部の私は 腐臭と言ふ形でその存在を指し示す事でしか存在出来なかったが、 哀しいのか、ただ、腐乱した私をぢっと眺めることは憚られ、 さうして倦み疲れた私は、内部から目を逸らす事しか出来なかった。   憂愁の中で私は内部の私の甦生を全く行ふ事なく 唯、抛っておく事しか出来なかったのである。…
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2026年5月1日 0

軛を付けた私は

軛を付けた私は   いつからこんなに足取りが重くなったのか。 惚けて空を流れる雲に見とれてゐたためだらうか。 それにしても雲はいい。 法則に縛られてゐるにもかかはらず、自在なのだ。 雲はみるみるうちにその姿を変へ、 今生のものとは言ひ難いほどの美しさを帯びた雲は、 私の思ひも引き連れて、何処へか私の夢想を運びゆく。   さうして雲をずっと眺めてゐたら、 どうやら私には軛が付けられたやうなのだ。 つまり、それは私が雲を眺めてゐると何処へかに行ってしまふのを 何かが恐れてゐるのかもしれぬのだ。 しかし、雲は実にいい。 雲を眺めてゐるだけで私の心は躍るのだ。 嗚呼、単なる水蒸気の塊に過ぎない雲に何故にこんなに心が惑はされるのか。 それは一つとして同じ姿をしない雲に「多様」を見てゐるからなのか。 それは間違ひなのかもしれぬ。 尤も、雲は雲なりに不自由を感じてゐるに違ひなく、 自在である筈はない。 此の世で自在であるのは神仏以外あり得ぬのだ。   ふっ、もしかしたならば、先験的に私はさう思はされてゐるのかもしれぬ。 果たして神仏は此の世に存在するのか。 仮に不在ならば、何が此の世の法則を決めてゐるのか。 森羅万象の癖が此の世の法則と呼ばれるものなのだらうか。   今生に生まれ落ちてしまったものは、 取り留めなく宇宙を漠然と考へてそれを観念に変へ、 専門家の言ふやうな宇宙観を知らずに身に付けてゐるが、 果たしてその宇宙観は私が承認したものなのだらうか。   この軛を私は受容しなければ、 私は、私の魂魄が憧れ出てしまふ太古のものの捉へ方に執着し、 またもや私は世界に馬鹿にされるのだ。 それはそれで構はぬのであるが、 しかし、私にとってそれは屈辱として魂魄に刻まれるもの。 へっ、屈辱なくして、此の世に存在するものはあるのだらうか。 そもそも生まれることが屈辱ではないのか。 世界に、森羅万象に翻弄される生。 そして、宇宙を漠然としか捉へられる能力がない現存在は 物理法則にあくまで翻弄され続け、 さうして、何時しかことりと生を閉ぢるのだ。   太古より生は生老病死と言はれてきたが、 今も尚、その金言で生を余すことなく言ひ表はせた言葉はない。 つまり、現存在は二千年余り、 真理を新たに摑むに値する哲学を生み出してゐないのかもしれず、 更に言へば、現代が昔よりいいと言ふのはまやかしなのかもしれぬ。   それでは私は何を以てして生きていけばいいのかと言へば、 それがこの軛に外ならぬのだ。 生を受けしものは皆軛を付けてゐるのか。  …
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2026年4月30日 0

微睡みから目覚めしそれは

微睡みから目覚めしそれは   長き眠りから目覚めしそれは 不意に世界に目をやり、 世界を愛でながらかう呟いた。   ――これが世界と言ふものか。なんだかありきたりなものだな。   さうして身を起こしたそれはのっそりのっそりと歩き出したのだ。 それがどこを歩いてゐるのかを自身ではさっぱりと解らぬままに 当てずっぽうに歩いてゐる。 と言ふのもそれは直ちに世界が触りたかったのだ。 世界がどんなものなのか触感で味はひ尽くして 長き眠りの間に努努見てゐた世界と言ふものが 一体全体何なのか一時も早くに知りたかったのだ。   しかし、それはミダス王の眷属のやうに世界に触る先から 世界のものは砂と化してはらはらとその形を崩して それの掌から零れ落ちてゆくのであった。   ――なんたることか。   それは世界が砂上の楼閣でしかないと言ふことを それは初めて知り、愕然となるのであるが 尤も、世界とはそもそもそんなものなのかもしれなかったのだ。   それは触れられるものには手当たり次第に触るのであったが、 全ては砂へと変はってしまふばかりなのであった。   それはなんと哀しい存在なのだらうか。 ミダス王の眷属であるそれは 世界が砂であると言ふ真理に確信を持ち、 さうして誤謬するのだ。   哀しき哉、それは 世界を知り得うることなく、 砂遊びをする中で老いて死んでゆくのだ。   ただし、それは世界認識を迷ふ事なく、 また、彷徨ふ事なく此の世を去るのだ。 それはそれでまた、幸せなのかもしれぬ。   世界の様相が砂のみならば、どんなに多くのものが救はれたであらうか。 しかし、世界はそれの認識とは全く違ふ様相を呈してゐて、 世界は混沌と秩序を行き来しながら、 世界そのものをも翻弄するのだ。 何故なら世界とは世界を包摂した入れ子状の様相を呈してゐて、 また、それはFractalなものに違ひなく、 仮にそれが可能ならば世界のどこをどう切っても 世界は金太郎飴の如くに紋切り型をしてゐる筈なのである。   さうして世界は存在するものにおいてのみの唯一無二の世界を表出し、 つまり、各様各様違ふ世界が存在し、 ミダス王の眷属のそれのやうに 世界は例へば砂として捉へてゐるものも必ず存在し、…
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2026年4月30日 0
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