何たることか 何たることか。 《吾》を苦しめてゐる《もの》が《存在》それ自体だといふのか。 ならば、《吾》は《存在》から退くべきなのぢゃないかな。 かうして、《吾》は何時でも《存在》から退く事ばかりを考へてゐたのだが、 ところが《吾》は《存在》から撤退することはままならず、 退くのは《吾》以外の《もの》ばかり。 さうして此の世に《吾》のみ取り残されたといふ錯乱の中、 単独者としての《吾》の来し方行く末に不安を覚える《吾》は、 絶えず現在に取り残されたといふ怨嗟にのみに執着し、 過去と未来を呪ふのだ。 不安が去来現をぶつ切りにしながら、 《吾》の内部を侵食する。 燃え上がる《異形の吾》は、 ヰリアム・ブレイクがかくいふ消えない永劫の炎に身を包み、 《吾》に取って代はらうとバリバリと《吾》を喰らふのだ。 尤も、それは《吾》が望んだ事で、《吾》の消滅こそ、 《存在》する苦悶からの逃げ道なのだが、 それは《吾》がある限り不可能なのだ。 禁忌なのか。 《吾》が《吾》を侵食する事は。 秋山駿が「内部の人」と呼んだ《存在》の在り方は 土台、無理強ひもいいところなのさ。 へん、《吾》が《吾》を喰らふとは、 嗤ひが止まらぬぜ。 Read More何たることか
朝靄に消ゆるは誰が影か
朝靄に消ゆるは誰が影か それは地中から際限なく立ち上る湯気のやうに 直ぐに辺りは濃い朝靄に包まれ、 その中に消ゆる独りの影があったのだが、 瞬く間に朝靄の中に消えてしまったのだ。 これはドッペルゲンガーなのか、 濃い朝靄の中に消えた人影は私だと直感的に解かったのだ。 さて、困ったことに私には足がなかったのだ。 濃い朝靄に消えた人影の後を追ふことが出来ずに 噎せ返るやうな朝靄の中にぽつねんと佇む以外に何も出来なかった。 とはいへ、私の下半身は朝靄に溶け入り、 既にその姿形は失せてゐる。 岸壁に舫(もや)ふ一艘の船のやうに 私は一歩も動けないのだ。 それが私が私に対する苦しい姿勢なのだ。 さうして、私は、私の影を見失ひ、 尤も、私を見失った私とはいったい何なのであらうか。 救ひは此の濃い朝靄なのだ。 朝靄に上半身のみが此の世に現はれた私もまた、 此の濃い朝靄に消ゆる独りの人影に過ぎぬ。 その時間、私は何を考へてゐたのだらうか。 まるで記憶喪失のやうに私はその時の私の頭蓋内に巡ってゐた思考を 全く亡失してゐて、唯、私から逃れ出た私の影の残滓を追ふばかりではなかったのか。Read More朝靄に消ゆるは誰が影か
闇に紛れて
闇に紛れて この闇に紛れてまんまと逃げ果せたと思ふな。 何故って、闇自体がお前だからさ。 両の目玉をかっと見開き、 闇の中でも気配でものの存在が解かるお前は、 さぞかしをかしいに違ひない。 ところが、俺はかうして提灯を持ち お前の内部を穿鑿してゐるんだぜ。 光に照らされる気分はどうだい? さぞかしちくちく痛いだらう。 光の照射を闇たるお前の急所に当てて、 さうしてお前を殲滅するのさ。 さもなくば、俺がお前に喰はれちまふのさ。 此の世は所詮弱肉強食。 闇が勝つか光が勝つのかのどちらかしかないのだ。 闇に光あり、光に闇ある世界は既に終はりを告げたのだ。 闇の中で提灯が照らし出しものは 蛸の足のやうな吸盤がある奇怪なもので、 其処にお前のアキレス腱が、つまり、急所がある筈なのだ。 もういいだらう。 さうして虚勢を張った処で、お前の内部は全てお見通しなのだ。 闇が住む世界は既に駆逐されて、 お前は影としてのみとして此の世に存在を許されしものなのだ。 ならば、お前は、此の世からをさらばして、 さうして天の太陽を滅ぼすべきなのだ。Read More闇に紛れて
撲殺
撲殺 何も言はずにそいつは撲殺されるがままに死んでいった。 その時、その場にゐた者はそいつの眼から決して眼を背けてはいけなかったのだ。 しっかりと撲殺されゆく者のその哀しみを起立した姿勢のまま、 黙って受け止めなければ撲殺されたものの魂は浮かばれず仕舞ひなのだ。 その日、空は雲一つなく、真っ青の蒼穹で、 撲殺されゆく者の肩に撓んで圧し掛かり、 そいつはばたりと倒れ込んだ。 ぶん殴るときの鈍い音だけを響かせてはゐたが、 その場にゐた者は皆苦虫を噛み潰したやうな顔を突き合はせて、 「ぼくっ」と言ふ鈍い音とともに倒れたそいつのかっと見開かれた眼玉を凝視し、 しかし、一瞥しただけで既にそいつは全てを語り果してゐたのだが、 それを見てゐた者は、一時もそいつから目が離せず、 それが死にゆく者に対する 最低限の礼儀だったのだ。 もう、二度と今生で会ふ事もない者を彼の世に送る儀式として、 先づ、そいつの死に様を、唯、撲殺されゆく者の眼から眼を逸らしてはならぬ。 理由なく、そいつは撲殺されたゆゑに。 しかし、此の世は不合理である事を 知り尽くしてしまってゐる者どもの眼は、 腐った鰯の眼玉そっくりに、たまたま死に損なったに過ぎぬのだ。 それゆゑ、生き残ってしまった者の礼儀として そいつが確かに死んでしまったのを見届けた後に、 一滴の涙を零して瞑目すべきなのだ。 Read More撲殺
影を追ふ
影を追ふ 土台自身の影を追ったところで、何か摑める筈もなく、 しかし、それが無駄なことなのは知った上でも、尚、自身の影を追はずして 寂滅するのは口惜しいのは、存在する何ものも同等で、 さう思はずして果たして存在は存在出来得るのであらうか。 ――何、そんな事を考へられる時間があったならば、己の内奥に棲む「そいつ」を一刺しして抹殺するのがいいのさ。それが出来ないのであれば、影を追ひ続ける外ないぜ。 と、「彼」は語った。しかし、私にはその「彼」が誰なのか解からぬふりをして、 にやにやと嗤ひながら、知らぬ存ぜぬを決め込んだのだ。そして、私は私の五蘊の場に射影される私の影を追ひ求め、そして、迷子になってしまったのだ。 ――へっへっ、とんだお笑い草だな。私なんぞは「そいつ」に呉れちまへばいいのさ。何故って、私なんぞは「そいつ」の餌にもなりゃしないからさ。 と、再び「彼」が語った。私は、またも「彼」が誰なのか素知らぬふりをしながら、 にやにやと嗤ひながら、かう訊いてみたのだ。 ――影って何の影のことかね? ――お前が此の世で見せる陰翳の狎れの果てさ。 ――陰翳? さうぢゃないだらう? 影は、ものあれば、そして、もの皆、趨光性なればこそ影が存在するのと違ふかね? ――馬鹿らしい。影あるものは全て趨闇性なものさ。 ――趨闇性? ――さう。闇に向かふのが存在の宿命なのさ。 ――それこそとんだ茶番だぜ。 ――では、何故、此の世は闇ばかりなのさ。光と闇の勢力図から言へば圧倒的に闇の勝ちだぜ。 と、その時さう言ったきり、「彼」は露と消えて、私が此の世に独り単独者として迷子のままに残されたのだ。 Gemini-3.1.-Proの批評 Thinking… AnalyzingRead More影を追ふ
陽炎
陽炎 うらうらと立ち上る陽炎は 曖昧であってはならない。 それは、必ず私の存在を証明する証明書。 それが曖昧であっては私の立つ瀬がないではないか。 ゆらゆらと立ち上る陽炎は たまゆらでも揺れてはならない。 揺れるのは私のみで十分なのだ。 存在を証明する陽炎が揺れては、 摂動する私を私は捉え切れる筈がないではないか。 私からするりと逃げる私てふ存在に対して 陽炎は薄羽蜉蝣(ウスバカゲロウ)の幼虫、蟻地獄に落ちた蟻の如く 私に束縛されてゐなければならぬのだ。 陽炎を見れば、そいつが此の世に確かに存在しているかが一目瞭然なのだ。 私は既に陽炎に呑み込まれてゐるのだ。 それ故に存在に触れたければ、陽炎を触ればいいのだ。 その時何も感じなければ、そいつは既に此の世のものではなく、 幽霊でしかない。 陽炎が堅固な物質として此の世に存在しなければ、 何を信じて私は生きようか。 陽炎が堅固故に私は、私を追ふ永劫の鬼ごっこが出来るのだ。 さうして私は一息つきながら、陽炎を触って絶えず私の存在を確認してゐるのだ。 何時の時にか私はすっかりと陽炎と化して、 この時空間を自在に飛び交う念速(=埴谷雄高が唱えた高速を超える念の伝播速度)を手にする希望なくして、 私は一時も生きた心地がしないのだ。Read More陽炎
餓鬼
餓鬼 《吾》の内部に棲む餓鬼は何時も腹をすかしてゐるが、 しかし、餓鬼は《吾》が何を喰っても一度たりとも満足した事はない筈だ。 何に対して飢ゑてゐるかを、餓鬼はそもそも知らぬのだ。 ふん! 嗤ってゐるぜ、其処の餓鬼が。 「影でも喰らってゐろ!」 と、嘯く《吾》は、 餓鬼に対して知らぬ存ぜぬを決め込むのだ。 それと言ふのもそれが餓鬼に対する最上のもてなしだからだ。 餓鬼は放っておいても 食ひ扶持に困ることはない。 何故って、《吾》が《存在》する限り、 餓鬼はウロボロスの如く《吾》を銜へてゐれば それで手持無沙汰は凌げるからな。 へっ。また嗤ったぜ。 ――この餓鬼が! 早く《吾》を喰らって呉れないか。さうすれば、《吾》は少しは気が楽になるのに。 《樂》は此の世の陥穽だった。 《樂》の上に胡坐を舁いて座ってみたが、 その居心地の悪さといったならば、 名状し難き不快なのだ。 しかし、不快は物事を変貌させる原動力になるから《樂》は已められぬのだ。 ――ちぇっ、不快は餓鬼のげっぷだぜ。 しかし、げっぷはげろげろげ、だ。 さうして《吾》はやっとの事、呼吸が出来たのだ。 Gemini-3.1-Proの批評 Thinking… Refining PoemRead More餓鬼
微熱
微熱 風邪を引いて微熱がある中、虚ろな目はぼんやりと外界を眺め、 さうして、内界でゆったり浮遊する《吾》に憩ふ。 この安寧は風邪を引いた時のプレゼントで、 この虚ろな時間が私は大好きなのだ。 しかし、その中で逆立ちを試みる天邪鬼な《吾》がゐるもので、 微熱が出てぼんやりとした頭蓋内で、只管に《吾》を検閲する 張り切り《もの》のその《吾》は、微熱でぼんやりしてゐる《吾》の間隙を衝く。 そこで、驚いても手遅れで、吾は一槍でその《吾》のヤヌスの槍で一突きされて、 串刺しの魚さながらに内界で燃え盛る炎で焼かれて、 後は塩を振って《吾》に喰はれるのだ。 それが、もしかすると《吾》の本望なのかもしれない。 何《もの》かに喰はれることで《吾》は《吾》の《存在》を唯一正当化できるのかもしれないのだ。 最早、そんな事でしか《吾》は此の世でまったく正当化できない《存在》に成り下がってしまったのだ。 じりじりと焼かれる《吾》が発する呻き声に《吾》をヤヌスの槍で一突きした《吾》は、 サディスティックな欲情に満足を覚え、また一人、基督の後継者の《存在》を殺戮したのだ。 これが歓びでなくて何とする! そんなとりとめもないことが走馬灯のやうに頭蓋に内を駆け巡りつつも、尚もぼんやりとした《吾》は、虚ろな目で外界を見つめてゐるのであった。 《世界》はそんな《吾》にとっては無慈悲に嗤ってゐる。それが《世界》がこれまで存続してきた秘密なのだ。 Gemini-3.1-Proの批評Read More微熱
邂逅
邂逅 既に《吾》に邂逅してしまった《吾》ほど哀しい《もの》はない。 何故って、《吾》が《吾》において既に断念しなければならないからさ。 断念するとは此の世に対峙することでも背を向けることでもなく、 《世界》の為すが儘に《吾》もまた、変容する事を強要される事に外ならない。 ちょっとでも《吾》が摂動しよう《もの》ならば、 誰も遁れられぬ天罰が待ってゐるのだ。 業火に燃える《吾》を《吾》はdéjà vu(デジャ・ヴ)として認識してゐなければならないのだ。 それでも《吾》は《吾》である事に対して一歩も退いてはならぬ。 それが業火に燃える《吾》に対する最低限の礼なのだ。 仮にそこで《吾》から撤退する《吾》がゐるならば、 そいつは既に《吾》を他人に売りを渡した《悪魔》の眷属でしかない。 自らを自らにおいて断念した《もの》のみ《吾》は《吾》に対して問へるのだ。 ――何が《吾》なのか。 と。 さうして初めて《吾》は《吾》を礼節に則りもてなせるのだ。 そこには厳しい《存在》に対する謙虚さのみがあるのみで、 さうして《吾》に断念した《吾》は、分を弁へる。 分を弁へた《吾》のみ、《吾》が発する祝詞の如き言葉を理解し、 《吾》は独りその針の筵の上の如き《存在》の《吾》に対して礼を尽くせるのだ。 そこに憐憫は禁物だ。 それこそ《吾》に対する非礼でしかない。 Read More邂逅
幽霊談義
幽霊談義 ゆらりと《存在》の背から立ち上りし白き影共が夜な夜な一所に集ひ、 幽霊談義に花を咲かせてゐるのだ。 ――ぶはっ、それで奴はどうしたのか? ――何ね、卒倒したのさ。 ――遂に卒倒したか! ――だがね、現代において卒倒しない《存在》程、信用出来ない《存在》はないぜ。 ――さうさう! 卒倒しなければ《存在》に一時も堪へられぬ。なんとまあ、憐れな《存在》! ――だが、そんな《存在》の背にしかゐられぬ吾等こそもっと憐れな《存在》だぜ。 ――話の腰を折るな。そんな野暮なことは皆解かってゐるのさ。だから誰も口にしない。 ――ではね、そもそも吾等は《存在》してゐる《もの》なのかね? ――馬鹿が! かうして《存在》してゐるぢゃないか! ――本当に? ――お前はちゃんと《存在》してゐる。 ――何を根拠にさう言へる? ――お前に《意識》があるだらう? ――またぞろ、《意識》=《存在》といふ使ひ古された命題を持ち出すのかい? ――否! 《念》=《存在》だ。 ――その根拠は? ――此の世に次元が《存在》するからさ。 ――次元? ――さう、次元だ。 ――待て待て、話が飛躍し過ぎてゐないかね? ――いや、まったく飛躍なんぞしてゐないぜ。 (全体で)――さうさう。全く飛躍はしてゐない。 ――どうして? 何故吾等の《存在》に関して次元が登場するのかな?Read More幽霊談義

